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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第46話「誰も知らない秘密の恋」
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(Unsplashのzana pqが撮影)
真乃はぱっちりした目を見開いて、職場であるホテルの廊下でうろたえたままの異母兄・清春を見た。
「なんでキヨちゃんの身体から、ディオリッシモの匂いがするのよ」
「どうもしないよ。バンケットの中の匂いがついたんだろう」
「そんなわけないじゃない。バンケットの中は、いろんな香水の匂いでごちゃ混ぜよ。ディオリッシモだけが、こんなにはっきりと香《かお》るはずがない」
「なにを言っているんだ。おまえ、もう帰れよ」
清春はもういつもと同じクールな表情に戻り、すばやく妹の背中を押した。
「早くしろ。もう少ししたらバンケットのゲストが会場から出はじめる。このあたり、大混雑するぞ」
「それも、キヨちゃんが上手に交通整理しちゃうんでしょ」
「はあ?」
美貌の兄はわけが分からないという顔つきをしてから、真乃を連れて従業員エレベーターに向かう。後ろを歩いていると、
「キヨ!」
という低い声がした。深沢洋輔だ。
真乃の肩がびくりとした。深沢は黒いジャケットにボウタイの制服を着たまま、完璧な姿をさらして大股に歩いて来る。
「キヨ。てめえ、いくら今日が宴会部のヘルプだからって、先に逃げんなよ」
「ばか。真乃をスタッフ用エベに送っていくだけだ」
深沢はすたすたと清春に近づいてきて、すううっと身体を近づけた。
「このお嬢ちゃんは、付き添いが必要なお子様でもねえだろ――って、おい、キヨ」
「なんだよ」
深沢はにやりと笑った。
「耳の後ろにキスマークがついてるぞ」
思わず、隣の兄を見る。
清春は真乃が見たことのないほどうろたえ、左手でしっかりと耳の後ろをつかんでいた。
そんな清春の狼狽《ろうばい》を笑って眺めてから、深沢は真乃に目をやった。そして、
「ウソだよ。なんだ、キスの心当たりがあるのかよ。さすがだな、千五百人のバンケットの途中でなあ」
「くそ、黙れ。洋輔」
清春は深沢をけとばし、それから真乃を従業員用エレベーターに押し込んだ。
「ちょっと、キヨちゃん!」
「もう帰れよ、おまえ」
「言われなくても、帰るわよ。それにしても、ねえキヨちゃん」
「何だ」
「仕事中にナンパするなんて、サイテー」
清春は天井を見あげてため息をついた。
真乃はエレベーターのドアを閉めた。しかしボタン操作を間違えたのか、すぐにまたドアが開いてしまった。
もう一度エレベーターを閉めようとしたとき、バンケットルームから少し離れたところに、一人で立っている清春の姿を見つけた。
わずかに横を向いて立っている清春は、無防備に自分のワイシャツの袖口の香りをかいでいた。それから柔らかく微笑み、そっと真っ白なシャツの袖口にキスをした。
まるでそこに、たおやかな女が立っているかのように。
ついさっき、やさしい口づけを交わしたばかりのように。
コルヌイエホテルのバンケットルームの前でひとり立っている清春の隣には、真乃が見たこともない形の恋が寄り添っている。
いとおしげになごりおしげに、ふんわりと笑って袖口の残り香にキスをしている異母兄の横顔は、真乃が見たこともないほど端正で美しかった。
それは、誰も知らない秘密の恋。
たぶん清春が、死ぬまで隠しきるつもりでいる秘密の恋だ。
真乃はぱっちりした目を見開いて、職場であるホテルの廊下でうろたえたままの異母兄・清春を見た。
「なんでキヨちゃんの身体から、ディオリッシモの匂いがするのよ」
「どうもしないよ。バンケットの中の匂いがついたんだろう」
「そんなわけないじゃない。バンケットの中は、いろんな香水の匂いでごちゃ混ぜよ。ディオリッシモだけが、こんなにはっきりと香《かお》るはずがない」
「なにを言っているんだ。おまえ、もう帰れよ」
清春はもういつもと同じクールな表情に戻り、すばやく妹の背中を押した。
「早くしろ。もう少ししたらバンケットのゲストが会場から出はじめる。このあたり、大混雑するぞ」
「それも、キヨちゃんが上手に交通整理しちゃうんでしょ」
「はあ?」
美貌の兄はわけが分からないという顔つきをしてから、真乃を連れて従業員エレベーターに向かう。後ろを歩いていると、
「キヨ!」
という低い声がした。深沢洋輔だ。
真乃の肩がびくりとした。深沢は黒いジャケットにボウタイの制服を着たまま、完璧な姿をさらして大股に歩いて来る。
「キヨ。てめえ、いくら今日が宴会部のヘルプだからって、先に逃げんなよ」
「ばか。真乃をスタッフ用エベに送っていくだけだ」
深沢はすたすたと清春に近づいてきて、すううっと身体を近づけた。
「このお嬢ちゃんは、付き添いが必要なお子様でもねえだろ――って、おい、キヨ」
「なんだよ」
深沢はにやりと笑った。
「耳の後ろにキスマークがついてるぞ」
思わず、隣の兄を見る。
清春は真乃が見たことのないほどうろたえ、左手でしっかりと耳の後ろをつかんでいた。
そんな清春の狼狽《ろうばい》を笑って眺めてから、深沢は真乃に目をやった。そして、
「ウソだよ。なんだ、キスの心当たりがあるのかよ。さすがだな、千五百人のバンケットの途中でなあ」
「くそ、黙れ。洋輔」
清春は深沢をけとばし、それから真乃を従業員用エレベーターに押し込んだ。
「ちょっと、キヨちゃん!」
「もう帰れよ、おまえ」
「言われなくても、帰るわよ。それにしても、ねえキヨちゃん」
「何だ」
「仕事中にナンパするなんて、サイテー」
清春は天井を見あげてため息をついた。
真乃はエレベーターのドアを閉めた。しかしボタン操作を間違えたのか、すぐにまたドアが開いてしまった。
もう一度エレベーターを閉めようとしたとき、バンケットルームから少し離れたところに、一人で立っている清春の姿を見つけた。
わずかに横を向いて立っている清春は、無防備に自分のワイシャツの袖口の香りをかいでいた。それから柔らかく微笑み、そっと真っ白なシャツの袖口にキスをした。
まるでそこに、たおやかな女が立っているかのように。
ついさっき、やさしい口づけを交わしたばかりのように。
コルヌイエホテルのバンケットルームの前でひとり立っている清春の隣には、真乃が見たこともない形の恋が寄り添っている。
いとおしげになごりおしげに、ふんわりと笑って袖口の残り香にキスをしている異母兄の横顔は、真乃が見たこともないほど端正で美しかった。
それは、誰も知らない秘密の恋。
たぶん清春が、死ぬまで隠しきるつもりでいる秘密の恋だ。
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