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第18章「コルヌイエホテルにて」
第159話「俺は、ただの不幸な父親ではなくなった」
しおりを挟む(UnsplashのFederico Enniが撮影)
城見龍里はコルヌイエホテルの庭園のベンチに座ったまま、環に答えた。
「紀沙《きさ》は毎月初めに、君についての詳細な手紙を香港へ送ってきた。
幼い君がやったこと、初めて食べたもの、口にした言葉、歩いた場所。紀沙は事細《ことこま》かに書いて寄こしたよ。
それから、たくさんの写真と動画。初めはデータを記録して送ってきた。後からメールで送れるようになったら、大量の動画が届くようになった。
だから俺は、君が初めて立った日のことを知っている。
初めてしゃべった言葉も大嫌いだった食べ物も、ピアノの発表会の曲も知っている」
城見は言葉を切り、環を見あげた。
「だがどれほど膨大なデータでも、愛する者の体温までは届けてくれないね」
城見は形見のロレックスを手に取り、もう一度環に尋ねた。
「これを手元に置いておくつもりはないかな、環」
「……ありません」
環は硬い声で言った。
「おばは、あなたに持っていてほしいと思っていたのです」
「そうか」
城見はロレックスを左手首につけた。フェイスの大きな腕時計は安心したようにふたたび時を刻《きざ》みはじめた。
最後にもう一度コルヌイエホテルの大滝を眺め、環に視線を戻した。
「会ってくれて、ありがとう。
うまく言えないが……初めて生きて動いている君を見たから、もう俺は、ただの不幸な父親ではなくなった気がするんだ。ありがとう」
それからグレーのジャケットの内ポケットを探り、小さなケースを出した。
「これだけは、君が預かってくれないか」
環が箱を受け取ると、城見は開けるようにうながした。
そっとケースを開けると、中には、ほのかに輝くような白い玉《ぎょく》が入っていた。
玉の中央部分には穴が開き、表面にはたくさんの小さな花が彫刻されている。
「白玉環《はくぎょくかん》…」
環は思わず声に出した。
城見龍里の映画に必ず出て来る、少女役の子供たちが身に着《つ》けていた白い玉のペンダントだ。
城見はかすかに笑った。
「白玉環だよ。知っているのか」
「もちろんです。監督の映画には欠かせないものじゃないですか。
おばのアトリエには、このペンダントを付けた女の子たちが活躍する場面の絵がたくさん残されていました」
「では、紀沙は俺のメッセージを正確に受け取っていたんだな」
環は白い玉の照《て》りを見つめながらつぶやいた。
「メッセージ?」
「俺の映画を見たのなら、『白玉環《はくぎょくかん》の少女』がしだいに成長していくのに気がついただろうな」
「ええ。ええ、もちろん。『アオモリ『の時は5歳くらい、『ゴーレディ』では10歳……?」
「11歳だ」
環の言葉を引き取って、城見はきっぱりとそう言った。
「『ゴーレディ』では、11歳だ。あれは今から13年前の映画で、君は11歳だった。日舞《にちぶ》の発表会で、『藤娘』を踊った年だ」
長身の男はにこりとした。
「『白玉環《はくぎょくかん》の少女』は、俺のたったひとりの娘なんだよ」
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