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第16章「風の行方を追え」

第140話「世界の底を倶(とも)にする男」

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『脱げ』という音也の言葉に、聡は赤くなって言い返した。

「ええええ。おまえ、さっそく、なんて恥ずかしいことを言うんだよ。いや、たしかにおれはおまえに惚れているから、もうこのカラダはお前の好きにさせてやるけどさ」

 音也はあきれた表情で、小さく鼻を鳴らした。鼻先がほんのわずかに赤くなっている。

「バカ。すぐに洗うから、シャツを脱げと言ったんだ。
 待て。うかつに動くと、ジャケットやベストにつきそうだ……俺が脱がせる」
「わ、ちょっとまて、音也。おまえのその指、エロすぎる。それにおまえ、なんでもうなんだよ!」
「なにが?」
「だから、ソレ。くそ、上着とベストを脱がされているだけなのに、なんでこんなに。気持ちいい……ふあっ」

  聡は情けない声をあげた。音也がふれるたびに、びりびりするほどに気持ちいい。

「あ……オト、だめだ」
「シャツも俺が脱がせる。大丈夫だ。すぐに洗えばシミにならない」
「シャツなんか、どうでもいい。音《おと》……」

 しかし無慈悲な音也の手は、聡を青いチューリップのタイルの上に押し倒したまま手ぎわよく丸裸《まるはだか》にして、シャツだけをタイルの床に放り出した。

「さて」

 今度は音也がちろりと舌を出して唇をなめた。
 ひんやりした美貌とあいまって、その表情はぞくぞくするほどに色っぽい。

「サト。さんざん俺を、好きにしてくれたな?」
「……おまえ、こういう時の顔はキチクだな」

 音也がにやりと笑う。

「じゃあ、この顔をおぼえておいてもらおうか。この先はもうお前しか、見ない顔だぜ、聡」

 ゆっくり音也がかぶさってくる。
 熱が、ふれる。
 聡に快楽を約束する熱だ。
 松ヶ峰聡に永遠につき従い、世界の底を倶《とも》にする男の熱が入りこんできた。
 音也が、申しわけないとはまったく思っていないような厚みのあるバリトンでささやく。

「わるい。お前をゆるめてやる余裕が、ない」
「……ふっう」

 聡は思わずうめいた。音也が止まる。

「くそ、お前が苦しいと、俺まで苦しい」
「馬鹿いえ……んのは、おまえじゃない、だろうが」
「精神的なことだ。俺は、お前とちがって繊細だからな」
「繊細なやつが、こんなことするかよ!」

 言い返すと、音也は骨の細い指でさらりと聡のひたいから前髪を払った。

「ほんとうにもう少し髪を切ったほうがいいな」
「それ……今言わなきゃいけないか、オト」

 聡が憎まれ口をたたくと、音也は切ないような顔つきで笑い、そっと聡のひたいに唇を乗せた。
 音也の唇が、気持ちいい。
 唇だけでなく、指も手のひらも聡の中にある熱も、何もかもが心地よかった。

 まるでずっと昔から約束されていた場所にようやくたどり着いたかのように、聡は満ち足りていた。
 音也がつぶやく。

「俺は今、どんなことでも言いたい。
 この10年ずっと、言いたかったことをしまいこんで生きてきた。本当に言いたいことの欠片《かけら》も、ずっと言えなかったから」
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