139 / 164
第16章「風の行方を追え」
第136話「たとえ世界じゅうが俺の敵にまわっても」
しおりを挟む(UnsplashのRubens Nguyenが撮影)
押し迫ってきた、次の衆議院の議員選挙。出馬しないという選択は、聡にゆるされていない行為だ。
選挙は、聡ひとりのものではない。
背後には四代の松ヶ峰家があり、ささえてきた巨大な後援会『吉松会《きっしょうかい》』があり、亡母・松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》が一生をかけて準備してきた強固な支持基盤、名古屋の上流婦人の集まりである『純白《じゅんぱく》』の巨大な票田《ひょうでん》がある。
これらの人々はただ一点、松ヶ峰聡を国政に出すという点で結束している。
そこには莫大な金と、カネ以上の何かが存在し、聡はそれをひとりで背負わねばならない。
なぜなら。
聡は『松ヶ峰聡』だからだ。
もはやどんな言いわけもかなわないほど、聡はこの家と地盤に結びつけられている。
たかが愛のために出馬《しゅつば》を取りやめるなどと言う世迷言《よまいごと》は、許されない。
聡には、それが分かっている。
音也は聡以上に、わかっている。
音也はできの良い子犬を撫でるように、聡の頭を撫で続けた。
その指一本一本に、音也の10年にわたる愛情がこもっている。
聡を、愛しているとうたっていた。
音也の低いバリトンが聞こえた。
「いい子だ。最後に俺を自由にしてくれて、ありがとう、聡」
そういうと、松ヶ峰聡の華麗な秘書は軽やかに立ち上がった。
青いチューリップをえがいたタイルの床にしゃがみこんでいる聡の目の前には、グレーのレザー素材でできた細身のパンツしか見えなくなる。
そして足音も立てずに、音也は部屋から出ていく。
次の瞬間、聡ははじかれるように立ちあがり、音也に向かって叫びあげた。
「そうかよ。じゃあこれからおれは、手当《てあ》たりしだいに男と寝てやる。セックススキャンダルってやつを、自前で作ってやるよ!」
「サト」
「スキャンダルまみれになれば話が変わる。おれがどん底まで堕ちきればいいんだ」
「聡、お前は何を言って――」
さすがに音也も足を止めた。
聡は美貌の親友をあざ笑うように口もとをひん曲げた。
「そうだな。まずはコンから襲ってやる。あのヤロウに、おれを抱くだけの度胸があるかどうか知らねえけどな、ふんじばって、おれがヤツをレイプすることはできる。その動画をネットで流せばいいんだ」
「さとし」
「それでもおれは衆院選に出るぜ。出りゃ当選する。当たり前だ。『吉松会《きっしょうかい》』と『純白』と人間国宝の後ろ盾がありゃ、ビリだろうが補欠だろうが当選できる。おまえを、スキャンダル議員の秘書の座から逃がさねえぞ!」
「言っていることがまともじゃない、聡」
さすがに音也も完璧な美貌を蒼白にして、つぶやいた。
聡は平板《へいばん》な顔のまま、音也に近づいた。その細くて長い首をおおうシャツの襟ボタンを、食い入るようににらみつけながら続けた。
「そうかもな。だが、おれはもう誰に何と言われようがかまわねえんだ。惚れた男を失くしたことを悔やみながら生きていくよりは、よっぽどいい」
とん、と聡は音也の肩に額をのせてつぶやいた。
「おまえは、おれを捨てるなよ、音也」
「サト」
「おれがおまえを捨てても、おまえはおれを捨てるな。たとえ世界じゅうが俺の敵にまわっても、おまえはおれを守るんだ」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる