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第14章「惚れているからこそ、探さない」
第123話「古いスーツに残った影」
しおりを挟む「……鹿島《かしま》幹事長の弟さんは、音也と似ていましたか?」
聡が尋ねると、午後のカフェのなか、北方の座っている場所だけがしんとしているようだった。
「似ていなかったよ」
ぽつり、と答えた。
「まるで似ていなかった。楠《くすのき》は、あの子はそこにいるだけで、まわりの人間が息をのむような男だろう。
史郎《しろう》はそういう男じゃなかった。そのかわりに特定の人間の皮膚から入り込んで、いつのまにか、いなくてはならない存在になっているっていう男だった。だいいち、史郎はあれほどの美貌じゃなかったよ」
それなのにね、と御稲は続けた。
「どういうはずみかな、あの子を初めて見たときに史郎と似ていると思ったんだ。
妙な話だよ、背格好《せかっこう》も顔もまったく別《べつ》ものなのに、あの子はまるで史郎の古いスーツに残った影のように見えたんだ。
だから、自由党の鹿島に話を通したのはお前のためじゃないよ、聡。
あえて言うなら、あの子と史郎のためだ」
聡は、母親の親友のしわの刻まれた美しい顔をじっと見た。
「だから、音也にシガリロと愛用のシガーカッターをやったんですか? あいつが鹿島史郎さんを思い出させるから?」
ふふ、と北方は軽やかに笑った。
「あの子、シガリロをやっているかい?」
「試しているみたいですよ。でも、吸うのがむずかしいと言っていました。おれの前ではすいません。まだカッコよく吸えないからって」
「お前には、みっともないところを見せたくないんだろう。史郎もそう言う男だったよ。意地っぱりで、見栄《みえ》っぱり。
まあ、惚れた相手に見栄《みえ》もはれないようじゃあ、ろくな男じゃない」
北方は言葉を切り、顔を上げてビルの屋上庭園を見た。
まぶしい初夏の光の下で白くかがやく石畳《いしだたみ》と、やわらかい新芽を吹き出している植栽のみどりが、不似合いなほどにまぶしい。
それから北方は、まるで別のことを話しはじめた。
「環を、城見《しろみ》に会わせるときには、ね」
「しろみ? ああ、映画の城見監督のこと?」
北方は決然とうなずき、
「環を、ひとりで行かせなさい。お前や、楠がついて行ってはいけない。
心配なら、環のまわりでチョコマカしている、あの忠犬《ちゅうけん》みたいな男をつけてやるんだね」
「忠犬って、今野《こんの》? なんでれや音也ではダメで、コンだけはいいっての?」
「あの男あいてなら、環が自由に泣けるからさ」
「なんだよ、それ。おれはたまちゃんの家族だぜ? 家族じゃあ、ダメだって言うの?」
北方は呆れた顔をして、
「あのな、聡。女には、自分の男の前でしか出せない涙ってものがあるんだよ。まったくお前は、物の尋ね方を知らないね」
隣の椅子に放り出したままの上着を手にして、それからふと、尋ねた。
「あの子――東京から帰ってこなかったんだって?」
あの子、とは、音也のことだ。
聡に忘れられないキスを残して消えた、ろくでなしの、最愛の男のこと――。
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