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第10章 「裏工作」
第66話「母あっての、松ヶ峰家でした」
しおりを挟む(UnsplashのAshton Mullinsが撮影)
聡は華やかなホテルのバンケット会場で、目をぱちくりさせた。
「あのこ? 誰です?」
「ほれ、あれだ、あの子だよ。紀沙《きさ》さんの姪《めい》っこの……”たまこ”だったか」
「たまき、です。昨日、足をひねりましてね。留守番をしています」
「足をか、たいへんだな。おっ」
横井は人のよさそうな顔つきのまま、すこし離れた場所にいる知人に向かって気軽に手をあげた。
聡も同じ方向へ目をやり、軽く頭を下げた。相手は当選四回、”建設族”の重鎮議員だ。
たしか、あの議員の地元では近々、大規模な高速道路建設が始まるはずだ……。
殊勝《しゅしょう》な顔つきで控えつつ、聡は探るように横井を見た。
横井はにこにこしながら、口ではまったく関係のないことをしゃべった。
「亡くなった紀沙さんは、あの子をかわいがっとったな。あれで、いくつになる?」
「たまちゃんの年齢ですか? 24才です」
「そろそろ嫁に出す時期だな。あの男は、隣県の建築会社に顔が利《き》くぞ。ええ男を紹介してもらうか」
さすがに聡も苦笑いをして、
「今どき、20代前半での結婚は早すぎませんか。亡くなった母は支度《したく》を始めていたようですが……」
「お前の嫁にするか」
横井に言われて、聡はおどろいた。
ここでも、なぜか環と聡が結婚することになっているらしい。
音也が横井の秘書である佐久《さく》あたりに話したのだろう。
とにかく誰が、どこからみても、環は、嫁にするのにぴったりの女性に成長したわけだ。
松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》が手塩にかけて育てた少女は、つつましくおだやかでありながらも、しっかりした女性になった。
聡は家族として誇らしいが、結婚相手ではない。
「あの子とは結婚しませんよ。たまちゃんは家族ですから」
「家族なあ……」
横井はにぎやかなバンケットルームを眺めてつぶやいた。
「こうなったらもう、お前の家族はあの血のつながらん妹しかおらんわけだ。
いや、もともとお前の家は血のつながらん家族だったな。
お前と紀沙さんは血がつながっとらん、お前とあの娘っこも血がつながっとらん。
それを家族とし20年も持ちこたえさせた。
紀沙さんは、たいしたひとだったよ」
「……母あっての、松ヶ峰家でした」
ぽつん、と聡もそう答えた。
「早くに夫に死なれて、て愛人の子供であるpれを育てて。
あの古い家と膨大な親族をひとりで切り回した母でした。
おれの選挙のために何十年も前から、地盤固《じばんがた》めに走り回ったあげく、結局、選挙を待たずに逝ってしまった―――あの、先生」
聡は少しこわばった顔つきのまま横井を見た。
「いちど、聞いてみたいと思っていたんですが……母は、なぜ愛人の子である俺を、松ヶ峰家に引き取ったんでしょう?」
「それだがなあ」
横井のイタチに似た顔が、くしゃっとつぶれた。
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