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第1章「松ヶ峰聡を取りまく、煩瑣な事情」
第6話「花の香りがする秘密」
しおりを挟む聡は肉の厚い身体を少しひねって、つぶやいた。
「身元不明の鍵……妙な話だな、あのおふくろの持ち物にそんなものが入っているなんて。
あ、遺言の入っている金庫の鍵じゃないか?」
環はぽっちゃりした顔をふった。
「ちがいます。おばさまのご遺言は弁護士の三木《みき》先生のところにお預けしてあります。というか、2年前にご自分が届けたのを忘れたんですか、サト兄さん?」
環に言われて、 聡は頭をかいた。
最近の環と話していると、聡は本気で母親が生き返ってきたように感じる。
しかも、うるささ倍増になって……。
環は性格がいい女だが、すこし口やかましいタイプだ。
『だから24歳にもなって、カレシもできないのか……』
聡は兄の立場で考える。
ほんとうにいい子なのだが、男にとっては、すこし純真無垢すぎるのかもしれない。
「まあ、とりあえずこの鍵は、たまちゃんが管理していてくれよ。
おれが預かったら確実になくすから」
「はい。お預かりいたします」
環はあらためて聡から鍵を受け取り、ぽわんと柔らかそうな手のひらにのった鍵をしげしげと見つめた。
やがて小さな声で、心ぼそそうにつぶやいた。
「なんだか、この鍵がこわい気がします……」
「同感だ」
聡も言った。
環の手に乗っているのはただの小さな鍵だが正体がわからないだけに、聡と環をたまらなく不安にさせた。
どうも聡の亡母には『隠しそこねた秘密』があるらしい。
それも、どこか馥郁《ふくいく》たる花の香りがする秘密だ……。
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