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第5章「母の遺したもの・藤島環」
第35話「環ちゃんにも関係のある事」
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(UnsplashのRomane Gautunが撮影)
聡は弁護士事務所の前で車を降りた。歩道にはすでに妹分の環《たまき》が待っていた。音也は車で横井事務所へ戻ってゆく。まだ打ち合わせがあるのだろう。
「行こうか、たまちゃん」
聡はビルの階段をのぼりはじめた。目的地である三木《みき》法律事務所はこの古いビルの4階だ。
すると背後から、環のためらいがちな声が追いかけてきた。
「あのサト兄さん、今日はなぜ私も呼ばれたんでしょうか」
「……おふくろの遺産の話だろ」
「でも、私は松ヶ峰家《まつがみねけ》の人間ではありません。サト兄さんだけでいいのでは?」
たしかに環の言うとおりだが、三木が来いと言うのなら何か用があるのだろう。
ふしぎだな、と聡は思う。
亡くなった松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》は、一人息子の聡と遠縁にあたる藤島環を同じように育てた。
しかし子供の仕上がり具合を見るとまるで違う。
慎重すぎる環と、慎重さのない聡。
「どうしてこうなったんだ?」
聡は自分と環を比べて首をかしげる
しかし三木が呼ぶのなら、環を連れていくまでだ。
「ま、行けば分かるよ」
とだけ言って、また階段をのぼりはじめた。
今度は黙って、環もついてくる。
三木の事務所がある4階までエレベータはない。着いたときには、聡は息を切らせていた。
乱暴にドアを開ける。
「まったくねえ。センセイは稼いでいるんだから、もうちょっといいビルに引っ越してくださいよ。
いちいち階段で四階まで来るんじゃ、客も逃げますよ」
事務所の奥から痩身の弁護士があらわれ、聡のぜいぜいいう呼吸音を聞いてから、笑い出した。
「健康のためにもね、階段がいいんだよ。客にも好評だよ。
やあ環ちゃん、久しぶりだね。こっちへ入りなさい」
三木はパーティションで仕切られた部屋に二人を入れた。書類を入れた箱を持っている。
そろそろ50になる弁護士の三木は、親子二代にわたる松ヶ峰家の顧問だ。
鶴のようにとがった鼻と繊細なユーモアの持ち主で、民事専門の弁護士としては相当《そうとう》に腕が立つ。
亡くなった紀沙が、法務の面で一番頼りにしていたのが三木だった。
三木は聡と環をテーブルに座らせ、自分の前に書類箱とコーヒーの入ったマグカップと煙草の箱をそろえた。
「さて始めようか。あ、コーヒーいる?」
聡は手を振る。
「いりません。先生のところのコーヒーはやたらと濃くて、あとで胸やけがするんですよ」
「ははあ。最近豆のローストを変えたんだ。新しいのはそう強くないよ」
「先生の胃袋は二重になっているから。たまちゃん、君もやめておきな」
環は聡の隣でコロコロと笑っている。
こうやって笑っていると、藤島環も24四才なりの明るさと愛らしさを感じさせる。
いつもこんな風に笑っていればいいのにな、と聡は妹分《いもうとぶん》を見て考えた。
三木は書類を手に取り、聡と環の前に置いた。
「今日は、紀沙さんの相続の件で来てもらったんだ」
「じゃあ私は失礼したほうがよろしいですね」
環がさっそく腰を浮かす。三木はやんわりと、
「いいんだよ、環ちゃんにも関係のある事なんだ」
聡と環は顔を見合わせる。
松ヶ峰家の血縁でもない環に『関係がある話』とはいったい、なんだろう?
聡は弁護士事務所の前で車を降りた。歩道にはすでに妹分の環《たまき》が待っていた。音也は車で横井事務所へ戻ってゆく。まだ打ち合わせがあるのだろう。
「行こうか、たまちゃん」
聡はビルの階段をのぼりはじめた。目的地である三木《みき》法律事務所はこの古いビルの4階だ。
すると背後から、環のためらいがちな声が追いかけてきた。
「あのサト兄さん、今日はなぜ私も呼ばれたんでしょうか」
「……おふくろの遺産の話だろ」
「でも、私は松ヶ峰家《まつがみねけ》の人間ではありません。サト兄さんだけでいいのでは?」
たしかに環の言うとおりだが、三木が来いと言うのなら何か用があるのだろう。
ふしぎだな、と聡は思う。
亡くなった松ヶ峰紀沙《まつがみね きさ》は、一人息子の聡と遠縁にあたる藤島環を同じように育てた。
しかし子供の仕上がり具合を見るとまるで違う。
慎重すぎる環と、慎重さのない聡。
「どうしてこうなったんだ?」
聡は自分と環を比べて首をかしげる
しかし三木が呼ぶのなら、環を連れていくまでだ。
「ま、行けば分かるよ」
とだけ言って、また階段をのぼりはじめた。
今度は黙って、環もついてくる。
三木の事務所がある4階までエレベータはない。着いたときには、聡は息を切らせていた。
乱暴にドアを開ける。
「まったくねえ。センセイは稼いでいるんだから、もうちょっといいビルに引っ越してくださいよ。
いちいち階段で四階まで来るんじゃ、客も逃げますよ」
事務所の奥から痩身の弁護士があらわれ、聡のぜいぜいいう呼吸音を聞いてから、笑い出した。
「健康のためにもね、階段がいいんだよ。客にも好評だよ。
やあ環ちゃん、久しぶりだね。こっちへ入りなさい」
三木はパーティションで仕切られた部屋に二人を入れた。書類を入れた箱を持っている。
そろそろ50になる弁護士の三木は、親子二代にわたる松ヶ峰家の顧問だ。
鶴のようにとがった鼻と繊細なユーモアの持ち主で、民事専門の弁護士としては相当《そうとう》に腕が立つ。
亡くなった紀沙が、法務の面で一番頼りにしていたのが三木だった。
三木は聡と環をテーブルに座らせ、自分の前に書類箱とコーヒーの入ったマグカップと煙草の箱をそろえた。
「さて始めようか。あ、コーヒーいる?」
聡は手を振る。
「いりません。先生のところのコーヒーはやたらと濃くて、あとで胸やけがするんですよ」
「ははあ。最近豆のローストを変えたんだ。新しいのはそう強くないよ」
「先生の胃袋は二重になっているから。たまちゃん、君もやめておきな」
環は聡の隣でコロコロと笑っている。
こうやって笑っていると、藤島環も24四才なりの明るさと愛らしさを感じさせる。
いつもこんな風に笑っていればいいのにな、と聡は妹分《いもうとぶん》を見て考えた。
三木は書類を手に取り、聡と環の前に置いた。
「今日は、紀沙さんの相続の件で来てもらったんだ」
「じゃあ私は失礼したほうがよろしいですね」
環がさっそく腰を浮かす。三木はやんわりと、
「いいんだよ、環ちゃんにも関係のある事なんだ」
聡と環は顔を見合わせる。
松ヶ峰家の血縁でもない環に『関係がある話』とはいったい、なんだろう?
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