上 下
16 / 25
3「シャツのボタンのはずし方」

第16話 「爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ」

しおりを挟む

(PexelsによるPixabayからの画像 )

 「今日は、何を着るんだ?」
 尋ねると、山中はデニムパンツを出して見せた。
 白石はうなずいて、広いワンルームのベッドエリアに移動する。真っ白な壁の前に立った。
 そのまま、捻挫した右手首に負担をかけないように、そっと履いているスーツのズボンを脱ぐ。

 ボクサーパンツ一枚の白石に、山中が機械的にデニムをはかせた。
 パンツを引き上げ、ウエストのボタンは開けたままで、ジッパーを半分引き上げる。
 男の手がふれているあいだ、白石の心臓はギリギリと破滅しかけている。
 
 もっとふれたい。
 もっと深いところまで、ふれてほしい。
 だが――なにもない。
 昨日もその前も、山中はデジカメで撮影して、脱がせて終わりだ。
 白石はスーツを着て、部屋を出る。
 家に帰る。ひとりきりで。



 しかし今夜の山中はデジカメで撮影したあと、ぽそりと言った。
「シャツも脱いでくれ」
「脱ぐ?」

 白石が警戒するように言うと、山中は撮影したばかりの画像をまじめな顔でチェックしながら、

「脱いで、こっちを着ろ」
 紙袋の中に、暗いグリーン色のシャツが入っていた。白石は手に取る。
 とろり、と手の中からこぼれていきそうな柔らかさだ。
「なんだ、これ?」
「国産の最高級シルクだ。丹波産――俺が、素材選びから染色、デザインまで担当した」
「あんたが――作ったのか?」

 白石が驚くのを、大男は淡々と受け流した。 
「データとサンプル、デザイン画をそろえて、ドリー・Dに上げただけだ。最後のデザインは、ドリーだよ。
早く着がえねえと、寒いぞ」

 そう言いながら白石の足元にしゃがみ、パンツをざっくりとロールアップした。
 くるぶしの骨が露出する。
 一歩さがって全体を確認し、また、白石の足元にしゃがんだ。

「ちょっと、片足ずつあげてくれ。靴下も脱いでほしいから」
「はあ」

 足を上げると、山中が片足ずつそっと靴下を脱がせた。裸足にブーツを合わせる。
 サイドジッパーを上げないブーツから、白石のくるぶしの骨がのぞく。
 山中は神経質に、ブーツのジッパーのあき具合を直した。

「――鎖骨、腰骨、くるぶし。あんたは骨が色っぽい」
「骨?」

 山中は白石の身体の向きを斜めにすると、写真を撮りはじめる。
 二人しかいない白い部屋に、カシャカシャっとシャッター音だけが落ちていく。

 ――切り取られる、と白石は思った。
 シャッター音の一回一回に、自分が輪切りされている気がした。薄く薄くスライスされ、裏も表も見られる。
 舐めるように、見られている。なんども、なんども――。

 白石の息がひそかに上がる。
 だが、大男はひたすらシャッターを切るだけ。

「あんたがモデルをするようになってから、俺のSNSは評判がいいぜ」
「……おれは、しろうとだ。何がいいんだろう」
「しろうとっぽい、ところがウケるんだ。見ている奴らは、これなら自分でも着こなせると思う。それで店に買いにくる」

 白石はよせ続ける波に、足元を削り取られていくようだ。
 山中はシャッターを止めない。

「大事なのは、客が店に来ることだ。俺は、店に来た客を手ぶらで返すことはしねえよ」

「たいした……自信だ」
「自信じゃねえ、実績だ」
 ようやくデジカメから離れた山中は、にやりとした。

「俺はな、店に客が一歩入った瞬間にそいつが何を買いたいと思っているのか、それが本当に似合うのかどうかが分かるんだ。だから失敗がない」
「技術か」
「才能だよ。天から授かったギフトってやつだ」

 山中は綿密にデータをチェックして、うなずいた。

「よし、今日はこれでいい。自分で着替えられるか」
「……デニムは脱がしてくれ。また転びたくない」

 山中はすばやく白石の足元にしゃがみこんだ。190センチ以上ある巨体が、軽々と動いていく。
 手ぎわよく白石の足からブーツを脱がし、デニムのパンツに手をかけて、ゆっくりと引き下ろす。片足ずつパンツを抜いてから、山中の動きがとまった。

「撮り直しか?」
 山中は少しだけ、白石の右足を持ち上げた。

「ころぶなよ」
 そう言うと、そっと白石の右足の親指に口づけた。

 舌が、ゆっくりと白石の足の親指を舐めまわす。
 爪の先、爪のあいだ、そして爪と肉のあいだ。
 
 白石の皮膚が、欲情で濡れていく。
 身体に、熱が這いあがっていくのが分かる。足の指先から送り込まれた劣情が、神経を走りのぼって白石の腰骨に当たる。

 ひくん、と白石の腰が震えた。
 骨と、筋肉と神経細胞が一気にめざめて、熱を持つ。
 跳ね上がりそうになる身体を抑え込む。肩先にまで昇ってきた震えを、おさめようとする。しかし息が、先にこぼれた。

「……ふっ」

 山中の舌が、熱を上げた気がする――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】終わりとはじまりの間

ビーバー父さん
BL
ノンフィクションとは言えない、フィクションです。 プロローグ的なお話として完結しました。 一生のパートナーと思っていた亮介に、子供がいると分かって別れることになった桂。 別れる理由も奇想天外なことながら、その行動も考えもおかしい亮介に心身ともに疲れるころ、 桂のクライアントである若狭に、亮介がおかしいということを同意してもらえたところから、始まりそうな関係に戸惑う桂。 この先があるのか、それとも……。 こんな思考回路と関係の奴らが実在するんですよ。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

嫌がらせされているバスケ部青年がお漏らししちゃう話

こじらせた処女
BL
バスケ部に入部した嶋朝陽は、入部早々嫌がらせを受けていた。無視を決め込むも、どんどんそれは過激なものになり、彼の心は疲弊していった。 ある日、トイレで主犯格と思しき人と鉢合わせてしまう。精神的に参っていた朝陽はやめてくれと言うが、証拠がないのに一方的に犯人扱いされた、とさらに目をつけられてしまい、トイレを済ませることができないまま外周が始まってしまい…?

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

処理中です...