15 / 25
3「シャツのボタンのはずし方」
第15話 「蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイ」
しおりを挟む(StockSnapによるPixabayからの画像 )
次の日から、白石の生活パターンは変わった。
早朝にコルヌイエホテルへ出勤、夜勤明けの井上から引き継ぎを受けて、そのまま夜まで働く。
仕事あがりに山中の部屋へ行き、食事をして、風呂を借りて帰った。
山中の部屋は、いつ行ってもすさまじいほど散らかっていた。
ベッドスペースにしてある一部分だけはきれいに整っていたが、あとはもう足の踏み場もない。
40畳の広いワンルームには、壁に沿ってぎっしりとCDが積まれ、小さなキッチンにたどりつくのが大変なほどだ。
部屋のすみにはコンパクトなオーディオセットがあり、天井の4か所から大きなスピーカーがぶら下がっている。
白石が行くと、いつもジャズがかかっていた。山中はどうもジャズ好きらしい。
大量のCDと頭上から流れるジャズに囲まれて、白石はめしを食う。
山中は巨大な身体に似あわず和食党だ。
筑前煮、ブリ大根やノドグロの干物、きんぴらごぼう、湯豆腐などが食卓に並んだ。
山中の家に通い始めて4日目。ついに白石は正直にうめいた。
「うまい」
薄く下味をつけたサバの竜田揚げに、アボカドチキンサラダ。うまいし、栄養バランスもいい。白石はどんどん食べた。
「うまいよ、あんたの男は幸せだな」
「バカいえ、男にメシなんか食わせるかよ。男は、こっちがいただくほうだ」
「……カレシに作らないのか。こんなにうまいのに」
「メシを食わすのは友人だけだ。寝るための男は、ぬきだ」
へえとアボカドサラダに食らいつきながら、白石は、
「もったいないなあ」
「あのな、人間は腹がふくれると、性欲が減退するんだよ。これからセックスしようって男の性欲を失せさせて、どうするよ」
「そうなのか、知らなかったな」
白石は右手で箸を持ち、おかずをつまんだ。
本気でうまい。
勢いよく食べ続ける白石を見て、山中は笑った。
「めし、口元についているぞ」
「そうか、どこだ」
「左側。ああ、そっちじゃない。おれからみて左だ」
白石が指で米粒を探っていると、すっと山中の指が出てきた。
口元から米粒をつまみとると、ぱくりと口に入れた。白石はそれを見て呆然とした。
「……ごちそうさま、でした。うまかったよ」
「あんた、ほんとうに行儀が良い男だな」
「えっ?」
山中は笑って、手ばやく食器類を片付けていく。
「食う前には必ず“いただきます”というし、喰い終わったら“ごちそうさまでした”。それだけのことだが、言えねえ奴も多いからな」
「そうだな。後輩に食わせても、“ごちそうさま”って言わないやつも多いな」
「そういうことが気になるっていうのは、おれも年取ったってことだ」
食器を洗いはじめる山中の背中を見て、白石は聞いた。
「あんた、いくつなんだ」
「27」
えっ、と思わず白石は大きな声を出した。
「にじゅうなな? じゃあ、俺より8歳も若いのか。それでもう有名ブランドの店長か??」
「俺はキャリアが長いんだ。アパレルの仕事に入ったのは16の時だからな」
山中はリズムよく食器を洗いつづけた。その動きに白石の目は釘付けだ。
色っぽい。これほど色っぽい身体を見たことがないと思った。しかし視線を無視して、山中は言った。
「高校を中退して、すぐ働き始めたんだ。最初の店が“レグリス”だから筋目は良いんだぜ」
と、山中は海外ラグジュアリーブランドの名を上げた。
「よく、そんなすごいブランドに入れたな」
白石が思わず言うと、山中はにやりと笑った。
「蛇の道は蛇、ゲイの道はゲイってな。当時の俺の恋人が“レグリス”の日本統括部長だったんだ。で、店舗にもぐり込ませてもらった」
ははあ、と白石は呆然とうなった。
なるほど、山中のような男が一朝一夕でできるはずがない。
幼いころからの積み重ねで、今のように初対面の相手もあっさりと篭絡できるようなキャラクターになったわけだ。
山中は洗い終わった皿を重ねながら、
「そのまま、18歳で“レグリス”の仙台店長になった」
「16で入って、18歳で店長……たった2年でか」
「アパレルの世界は売り上げがすべてだからな。売れる奴はどんどん上にいく」
山中は肩をすくめて、
「今でも、俺は毎月コンスタントに1千万円近く売り上げてる。
正直いえば、他のハイブランドに行ったほうが金は入るんだが、おれはドリーが気に入っているから、動く気にならねえんだ。好きにやらせてもらっているしな」
そして山中は、ドリー・Dのロゴが入った紙袋を持ってきた。
ニヤリと笑う。
「さて、脱いでもらおうか」
白石の腰が、ぎゅん、と熱を持った。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる