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2「寝たかもしれない」

第8話「どんな男も、俺が本気になったら一度はオチる」

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(Olya AdamovichによるPixabayからの画像 )


 「コルヌイエホテルに行けば、あんたに会えることはわかっていたんだ」

 大男=山中(やまなか)は、小料理屋のカウンターに座り、焼酎のグラスをまるで水のようにぐいぐい飲んだ。



 白石は憮然とした顔つきで焼酎を飲んでいる。
 山中は巨体を軽く揺らして白石の顔をのぞきこんだ。

「なあ、なんか言えよ。俺がよっぽど悪いことをしたみたいじゃないか」
「あきれているんだよ。ほぼ初対面の相手に、しかも職場でキスするとは。
まともじゃない」

 山中は肩をすくめて、

「ちょっと待て。あんたが腹を立てているのは、初対面の男にキスされたからか、それとも職場でやられたからか。どっちだ」
「両方だ! ――声を小さくしろよ。ノンケの客もいるんだ」

 はあ、と山中はつぶやいた。

「カミングアウトしてねえやつは、めんどくせえな」
「みんながみんな、あんたみたいに堂々と生きているゲイだと思うなよ」
「べつに、知られて困ることじゃない」

 白石は山中が自分のグラスばかりに焼酎をつぐのを見て、ボトルを取りかえした。怒った声で言う。

「あんたは平気かも知れないが、俺は職場に知られると困るんだ。ああいうのは絶対にやめてくれ」
「わかったよ、もうしねえし。それにあんたのガードが固くなっちまったから、二度とキスはできねえみたいだしな」

 山中はにやっと笑った。

「あの時はさ、あんたがこぎれいなツラをしてるから。見のがすわけにはいかなかったんだ」
「じゃあ、普段からああいうタイミングの時にはキスをしているのか」
「まあ、だいたい」
「相手がゲイじゃなかったら、どうするんだ」
「問題ない。どんな男も、俺が本気になったら一度はオチる」

 白石はうんざりしたように男を見た。
 こういう男は山ほど知っている。何も考えずに野放図(のほうず)に生きているにもかかわらず、いつの間にか、その場の“王様”になる男だ。

 自分とはまったくタイプが違う、と白石は取り返した焼酎のボトルから自分のグラスに酒をつぎ足しながら思った。

 それからふと目の前の男をじっと見直して

「あんた、岡本佐江(おかもとさえ)さんの上司なのか」
 と尋ねた。
 山中は小皿のホタルイカをつまんでうなずいた。

「昔は俺が上司だった。岡本は俺の下で仕事を覚えたんだよ。頭がいい、一緒にいても飽きねえ女だ」
「へえ。先輩・後輩の仲か……彼女は、初めからあんな風だったのか?」
「あんなふう?」

 うん、と白石はうなずいた。

「仕事ができて、おだやかで。他人に対して繊細な心づかいができる人だ。なによりも“黙っていたほうがいい時に何も言わずにいられる”。
女性には稀有な才能だな」

 山中は分厚い肩をすくめた。

「あいつは昔から底が知れねえ。ひょっとすると何もかもを知っていて、黙っているんじゃねえかって思う時があるよ」

 山中は最後の一滴まで飲み干した。
「そういうところはなあ、おたくの井上とよく似ているんじゃねえか」
 ぴく、と白石の丸っこい指が飛びはねた。
「井上のことも、よく知っているのか?」

 まあなあ、と山中は白石の前の小鉢に箸を突っ込んだ。たちまちホタルイカとヌタが消えてゆく。

「あの男、仕事ではキレッキレのくせに服のセンスはゼロ。だから私服は、だいたい俺がコーディネートしてる。
もとが良い男だから、服を変えたら目がさめるような男になったぜ。
 あれでもうちょい欲があれば、二丁目の売れっ子にしてやるんだがなあ」

 げほっと白石はむせた。
「いの……井上は、まったくのノンケだぞ。かなりの女好きだ」
「女好き、かなあ? あれは、井上を好きなんだろう。あいつは別に興味はない」

 山中は食べるものがなくなり、ついに卓上の塩を手のひらに振って舐めはじめた。
 ぺろっと、大きなピンク色の舌が手のひらの上の塩を舐める。
 それから酒を放り込む。
 塩を舐める。
 酒を飲む。
 そのリズミカルな動きを見るうちに、白石の身体に欲情が生まれてくる。

 白石は、男の律動が好きだ。
 そして前も後ろもコリリと固い、男の身体が好きなのだ。
 山中はカウンターの上の放り出したままだったおしぼりで、ていねいに指をぬぐった。爪の先を清め、太い指をぬぐって指の間を丁寧にこする。
 
「井上は、ただ立っているだけでオンナが勝手に服を脱ぎ始めるような男だ。だがあいつはそんな女たちが欲しいわけじゃない。相手が服を脱げば礼儀として女を抱くんだろう」

 条件反射みたいなもんだよ、と山中は続けた。

「井上が礼儀として抱いたことがないのは、岡本だけかもしれん。岡本は、井上にとってはぜったいに手を出しちゃいけなかったのに、我慢しきれなかった女だ」

「岡本さんにはそれだけの価値がある――おれ、さ」
「うん?」
「岡本さんに頼まれたんだ。井上には、ぜったいに手を出してくれるなって」

 はは、と山中は大きな声で笑った。

「そりゃきつい。ゲイにとっちゃ、よだれの出るような男だぜ」
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