「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ

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第四章

最終話「夏の終わりに」

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(Unsplashのcaroline Belhumeurが撮影)

 「――結局、あの『秘密』の正体は何だったんだ」

 すべてのことが終わり、王軍が撤収の支度をしている中庭を眺めてイグネイは尋ねた。副官はイグネイの荷造りをしつつ、答える。

「どうも、このあたりで獲れる『菌体』のようです」
「菌体? キノコみたいなものか?」
「そうです。この地域の水場に自生しているもので、湿気と暗い場所、適度な熱があれば、五、六年は生きるそうです。
 ですが強い光を浴びると過剰に反応して一気にふくれあがり、爆発する」

 イグネイはふと、サジャラが『庵』で言っていたことを思い出した。

『三つのあさが来たら、四つめのあさに火をたく』
『床に池の水をまいてから、火をたく』

 熱と湿気、そして暗く閉ざされた石造りの建物。
 あれはすべて、瓶の中の菌体である『秘密』を活性化させるためのものだったのだ。
 修道院長による、サジャラを森の奥にくぎ付けするために考えつくされた仕組みの一部。

「身に堪えかねる秘密――か」

 そこへ従者がやってきた。

「公子、サジャラさまがおいでです」

 従者のすぐ後ろから、ぴょこっと金色の巻き毛がのぞいた。イグネイが笑う。

「また髪を整えるのを忘れたな」
「リボン、ヘアピン、きらい。いたい」

 サジャラは矢の傷が治るまで修道院にとどまり、今は村にもどっている。家族はもう誰も残っていないが、イグネイが金で雇った女たちが世話をしている。

 丁寧に世話をされているとはいえ、サジャラは十年ものあいだ、一人で自由に森で暮らしていたせいか、村の生活がきゅうくつらしい。
 たびたび抜け出してくる。

 だが、それも今日までだ。
 新たな王命がくだり、軍の大部分は都に戻ることになった。
 村と修道院にはわずかな駐屯兵が残る。このあたりの反乱軍が南に移動したので危険性が下がったと大臣たちが判断したからだ。
 イグネイも軍とともに都へ戻る。
 修道院の中庭には、秋の気配がただよっていた。夏は終わったのだ。

 サジャラはじっとイグネイを見た。

「都で、うわき、する?」

 ふふ、とイグネイは笑って、サジャラの頭を撫でた。

「大変な言葉をおぼえたな」

 サジャラの言葉は村を連れ出された六歳の状態で止まっている。それ以来、人と話していないからだ。村に戻ってから少しずつ言葉を覚えている。

「浮気はしないよ。しばらく都に行く。用事があるんだ」
「かえってくる?」
「ああ」

 イグネイはそっと小さな顔を両手で包み込んだ。

「もどってくる。おれの秘密は『聖なる森』に残したままだからな」

 結局、イグネイの母の秘密はわからなかった。
 『秘密』と呼ばれたものはただのキノコだったし、告解を聞いた修道院長は自死した。

 もし、あのキノコに告解された中身をつたえる音声機能があったとしても、イグネイが瓶ごと叩き割ってしまった。

 トウィス・ガンウォーリス・アルタモントの秘密は、もはや誰にもわからない。イグネイ自身、もう知りたくなくなった。

 秘密の中には、秘密のままで置いておいたほうがいいものも、ある。そういうことだ。

 イグネイは笑ってサジャラの巻き毛に指をからめる。


「戻ってくるよ――こんなに美しい許婚者を手に入れたと、陛下に謝ってからだな」
「公子。王姪殿下との結婚は、逃すには惜しいと思われますが」

 副官はそういうが、そう言いながらも惜しいと信じていないようだ。笑っている。

「そうだな。だがおれは、姉かもしれぬ女人とは結婚できんよ」
「イグネイ?」

 サジャラの不思議そうな顔を見て、イグネイはまた笑った。
 ゆっくりと金色の頭に鼻をうずめる。
 サジャラの髪からは、よく乾いた草の匂いがした。
 そして柔らかい唇は――永遠にイグネイの秘密を守っている。

 愛している、という一言を。



【了】
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