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第四章
第24話「秘密は秘密のままで置いておけ」
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(UnsplashのTimothy Eberlyが撮影)
鋭い刃をよけて、イグネイはあわてて後ろにさがった。下がりつつ、いつものように腰に手をやるが、剣はない。
二日前、剣を持たずに森へ入ったからだ。
「ふおおおおううう!」
叫びながら剣をふるう修道士が踏み込んできた。逃げるには、間に合わない。
これまでか……!
そう思った時、天を貫くような声が聞こえた。
「『ひみつ』を、なげて!」
「サジャラ!?」
後ろを見る。副官たちに支えられたサジャラが蒼白な顔で叫んでいた。
金色の巻き毛が血でぬれている。それを見た瞬間、イグネイの中から一切の制御が消えた。
「……勝手なことを、ぬかすんじゃないぞ! クソ修道士!
お前がサジャラを魔物にしたんだ。お前が盗賊を引き入れて、嘘を言わせたんだ!
サジャラが何をしたっていうんだ。
幼すぎて混乱していて、言われるがままに嘘の告発をした。
間違ったことではあるが、それが十年を奪われるほどの罪か!?」
イグネイは叫びながら、剣をよけた。同時に服の中を探る。
小さな瓶はこんな時にかぎって見つからない。若い修道士はくるったように剣を振りまわし、血走った目でイグネイをにらみつけた。
「うるさい! そいつは、俺の顔を見たといったんだ!
俺は、俺自身を守っただけだ! 何が悪いんだ!
だいたいお前は村の人間でもない。
俺が、お前に迷惑をかけたのかよ!」
ブン! と刃が振り下ろされた。イグネイの肩に刃が食い込む。
さいわい間合いが近すぎて、それ以上は斬りおろせないようだ。
イグネイの顔の前に、混乱で目の焦点が合わなくなった修道士がいた。
恐怖と狼狽のあまり、全身から嫌なにおいの汗を噴いていた。
その顔をみつめながら、イグネイは押し殺した声で言う。
「ふざけるな。
ひとに迷惑をかけなきゃ何をしてもいい、と思っているのか。
人間には、どうしてもやっちゃいけない事があるんだ。
根拠のない嘘をつくな、
幼いものをいたわれ。
そして――天に愧じる秘密を持つな!」
イグネイの手が小さな瓶をつかむ。いそいで瓶にまいた布をはぎ取った。『庵』を出るときにサジャラが言ったことがよみがえる。
『ひみつは、ひかりがきらい。ひかりにあたるとはじける』
ガッと、イグネイは空に向かって『秘密』のはいった小瓶を突き上げた。
朝日が当たる。
「……なんだ、それは」
修道士があっけにとられる。
その瞬間、どくん! とすさまじい衝撃がイグネイの手に走った。
肩に剣を食いこませたまま数歩下がり、十分な距離を取ってから、イグネイは修道士の顔を見る。
恐怖と混乱と深い悲しみで、もはや人の形をしていない男。
一瞬だけ、イグネイの動きが止まった。
「親が子を思う。子が親を案ずる――おれと変わらんな」
「なに?」
その瞬間、イグネイは『秘密』の入った瓶を修道士に投げつけた。
一秒、二秒、三秒……何も起こらない。
だが四秒後に、白い朝日を浴びた『秘密』は薄緑色に光りながら、すさまじい勢いで膨張しはじめた。
ガラス瓶が割れる。
われながら、幾千の光のカケラとなって修道士にふりそそいだ。
「ぐわあああっ!」
ガラスのするどいカケラを浴び、修道士の全身から血が流れる。
その上に緑色の光があふれた。
どろりとした緑色の『秘密』が修道士をおおう。
そこへ、イグネイが飛び込んだ。
手には肩から引き抜いた剣を持っている。
「おろかな修道士め、天命に従え!」
刃は、やわらかな緑の光と無数の光のカケラごと修道士の身体に食い入り、まっぷたつに斬りおろしていった。
鋭い刃をよけて、イグネイはあわてて後ろにさがった。下がりつつ、いつものように腰に手をやるが、剣はない。
二日前、剣を持たずに森へ入ったからだ。
「ふおおおおううう!」
叫びながら剣をふるう修道士が踏み込んできた。逃げるには、間に合わない。
これまでか……!
そう思った時、天を貫くような声が聞こえた。
「『ひみつ』を、なげて!」
「サジャラ!?」
後ろを見る。副官たちに支えられたサジャラが蒼白な顔で叫んでいた。
金色の巻き毛が血でぬれている。それを見た瞬間、イグネイの中から一切の制御が消えた。
「……勝手なことを、ぬかすんじゃないぞ! クソ修道士!
お前がサジャラを魔物にしたんだ。お前が盗賊を引き入れて、嘘を言わせたんだ!
サジャラが何をしたっていうんだ。
幼すぎて混乱していて、言われるがままに嘘の告発をした。
間違ったことではあるが、それが十年を奪われるほどの罪か!?」
イグネイは叫びながら、剣をよけた。同時に服の中を探る。
小さな瓶はこんな時にかぎって見つからない。若い修道士はくるったように剣を振りまわし、血走った目でイグネイをにらみつけた。
「うるさい! そいつは、俺の顔を見たといったんだ!
俺は、俺自身を守っただけだ! 何が悪いんだ!
だいたいお前は村の人間でもない。
俺が、お前に迷惑をかけたのかよ!」
ブン! と刃が振り下ろされた。イグネイの肩に刃が食い込む。
さいわい間合いが近すぎて、それ以上は斬りおろせないようだ。
イグネイの顔の前に、混乱で目の焦点が合わなくなった修道士がいた。
恐怖と狼狽のあまり、全身から嫌なにおいの汗を噴いていた。
その顔をみつめながら、イグネイは押し殺した声で言う。
「ふざけるな。
ひとに迷惑をかけなきゃ何をしてもいい、と思っているのか。
人間には、どうしてもやっちゃいけない事があるんだ。
根拠のない嘘をつくな、
幼いものをいたわれ。
そして――天に愧じる秘密を持つな!」
イグネイの手が小さな瓶をつかむ。いそいで瓶にまいた布をはぎ取った。『庵』を出るときにサジャラが言ったことがよみがえる。
『ひみつは、ひかりがきらい。ひかりにあたるとはじける』
ガッと、イグネイは空に向かって『秘密』のはいった小瓶を突き上げた。
朝日が当たる。
「……なんだ、それは」
修道士があっけにとられる。
その瞬間、どくん! とすさまじい衝撃がイグネイの手に走った。
肩に剣を食いこませたまま数歩下がり、十分な距離を取ってから、イグネイは修道士の顔を見る。
恐怖と混乱と深い悲しみで、もはや人の形をしていない男。
一瞬だけ、イグネイの動きが止まった。
「親が子を思う。子が親を案ずる――おれと変わらんな」
「なに?」
その瞬間、イグネイは『秘密』の入った瓶を修道士に投げつけた。
一秒、二秒、三秒……何も起こらない。
だが四秒後に、白い朝日を浴びた『秘密』は薄緑色に光りながら、すさまじい勢いで膨張しはじめた。
ガラス瓶が割れる。
われながら、幾千の光のカケラとなって修道士にふりそそいだ。
「ぐわあああっ!」
ガラスのするどいカケラを浴び、修道士の全身から血が流れる。
その上に緑色の光があふれた。
どろりとした緑色の『秘密』が修道士をおおう。
そこへ、イグネイが飛び込んだ。
手には肩から引き抜いた剣を持っている。
「おろかな修道士め、天命に従え!」
刃は、やわらかな緑の光と無数の光のカケラごと修道士の身体に食い入り、まっぷたつに斬りおろしていった。
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