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第三章
第17話「告解」
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(Unsplashのammar sabaaが撮影)
魔物はイグネイの腕の中でふるえながら、ゆっくり話しはじめた。
「ここにくるまえは、むらにいた。
あるひ、となり町でまつりがあって、みんな出かけた。むらの大きな、かべをしめて。
だけど火をもった奴らがきた。火をつけて、たくさんのものを持ち出した」
イグネイはうなった。
「祭りの留守を狙った盗賊か……。
『かべをしめる』とは、集落をかこう城壁の大門の事だな。このあたりの城壁は、たしか二百年ほど前には、もう作られていた。
おまえは意外とあたらしい魔物なのかもしれないな、人間から転生したんだろう……。
祭りの日に侵入者がきた。しかしカンヌキがかかっていたのに、どうやって入ったんだろう?」
「わからない。なんにんも、なんにんもきた」
「……それで」
「どんどん、もっていった。いえのもの、ひつじ。それから火をつけた」
「お前はそれを見ていたのか? どこにいたんだ」
「みてない。声だけきいた。いえのしたの氷室にいた。
いやなにおいがした。あつかった。
なんにんも死んだ」
イグネイには襲撃が目に見えるようだった。盗賊の襲い方は二百年まえから変わっていないはずだ。
盗賊団は隣村の祭りという人が出払う日を狙い、強奪を働いてから集落を燃やした。
年寄りや子供など、祭りに行かなかった者たちが焼け死んだのだ。
イグネイは戦場で何度も嗅いだ匂いを思い出した。胸がむかつくような、甘ったるい人間が焼けていく匂い。
魔物はつづけた。
「くろいものが、氷室からだしてくれた。きかれた、『てびき』をみたかって」
「てびき……」
『手引き』のことだろう。
村を書こうがんじょうな石造りの城壁は、簡単には乗り越えられない。
しかし壁の内側にいる人間が盗賊団と呼応してカンヌキを開ければ、どれほど高い城壁でも防御の役には立たない。
だれか、村の内側から盗賊団を手引きする裏切者がいたのだろう。
「しかしお前、手引きも盗賊団も見ていないんだろう。地下の氷室から、足しか見ていないんだから」
イグネイが不思議そうに言うと、魔物はこくんとうなずいた。
「なにも見てない。しらない。
そういったら、くろいもの『あの男をゆびさせ』って。
だから羊ばんを、さした」
「……そいつが手引きか?」
「ちがう。みてない。みえない」
「ひつじ番は、どうなった」
「しらない」
「……つまり、ひつじ番は濡れ衣を着せられたわけだ。
村を襲った盗賊団を手引きした罰は軽くなかっただろう。縛り首か、火あぶりか」
イグネイの腕の中で、魔物の少女はぶるりとふるえた。からっぽの瓶がカタカタと揺れる。
「よくしらない……それから、ここにきた。くろいものが、つれてきた」
「おまえは、黒い魔物に誘導されて嘘を言ったんだな。それが『秘密』か……。
その『秘密』を守るために、永遠に他人の秘密を守る仕事を引き受けたんだな。
百年か二百年か知らんが、ずっと人の秘密を守り続けて……」
イグネイは胸が締め付けられる気がした。そのときふと、ひらめいた。
「この瓶は、どうしたんだ?」
「くろいものが、くれた。いつかこっかいしたら、ぜんぶおわるからって」
『こっかい』とは告解のことだろう。神の代理人、修道僧の前で罪を告白することで、人は救われる。
それにしても『ぜんぶおわる』とは、魔物が魔物でなくなるという意味だろうか。告解すれば魔物は永遠に、人間の秘密をこの庵で守らなくてもよくなる。
魔物はイグネイの腕の中で目を伏せた。妖魔の長いまつげに、緑色の光が落ちて影を作っていた。
どうしようもないほど、あやしい美しさ。
魔とは、人をだますために天もおそれぬほどの美しさを作り上げるのだ。
イグネイは美しい魔に尋ねた。
「告解したいのか? 告解したら秘密は消える。だが、お前自身も消える。いいのか」
魔物はゆらっと揺れた。揺れるたびに魔物の身体も緑色に光っているようだ。
その光を見ながら、まさしく魔だ、とイグネイは思った。
しかし告解したいと思っても、魔物は修道院へ入れるのか。
告解できるのか。
わからない。
わからないが、イグネイはこの愛しい魔物に奇跡の予感を感じる。
この魔物とともにあることで、イグネイの世界は変わる気がする。
イグネイはもう一度たずねた。
「『聖なる森』を離れる覚悟はあるか、おれとともに」
こくり、と魔物はうなずいた。
イグネイの胸がまた、きゅっと軋んだ。
魔物はイグネイの腕の中でふるえながら、ゆっくり話しはじめた。
「ここにくるまえは、むらにいた。
あるひ、となり町でまつりがあって、みんな出かけた。むらの大きな、かべをしめて。
だけど火をもった奴らがきた。火をつけて、たくさんのものを持ち出した」
イグネイはうなった。
「祭りの留守を狙った盗賊か……。
『かべをしめる』とは、集落をかこう城壁の大門の事だな。このあたりの城壁は、たしか二百年ほど前には、もう作られていた。
おまえは意外とあたらしい魔物なのかもしれないな、人間から転生したんだろう……。
祭りの日に侵入者がきた。しかしカンヌキがかかっていたのに、どうやって入ったんだろう?」
「わからない。なんにんも、なんにんもきた」
「……それで」
「どんどん、もっていった。いえのもの、ひつじ。それから火をつけた」
「お前はそれを見ていたのか? どこにいたんだ」
「みてない。声だけきいた。いえのしたの氷室にいた。
いやなにおいがした。あつかった。
なんにんも死んだ」
イグネイには襲撃が目に見えるようだった。盗賊の襲い方は二百年まえから変わっていないはずだ。
盗賊団は隣村の祭りという人が出払う日を狙い、強奪を働いてから集落を燃やした。
年寄りや子供など、祭りに行かなかった者たちが焼け死んだのだ。
イグネイは戦場で何度も嗅いだ匂いを思い出した。胸がむかつくような、甘ったるい人間が焼けていく匂い。
魔物はつづけた。
「くろいものが、氷室からだしてくれた。きかれた、『てびき』をみたかって」
「てびき……」
『手引き』のことだろう。
村を書こうがんじょうな石造りの城壁は、簡単には乗り越えられない。
しかし壁の内側にいる人間が盗賊団と呼応してカンヌキを開ければ、どれほど高い城壁でも防御の役には立たない。
だれか、村の内側から盗賊団を手引きする裏切者がいたのだろう。
「しかしお前、手引きも盗賊団も見ていないんだろう。地下の氷室から、足しか見ていないんだから」
イグネイが不思議そうに言うと、魔物はこくんとうなずいた。
「なにも見てない。しらない。
そういったら、くろいもの『あの男をゆびさせ』って。
だから羊ばんを、さした」
「……そいつが手引きか?」
「ちがう。みてない。みえない」
「ひつじ番は、どうなった」
「しらない」
「……つまり、ひつじ番は濡れ衣を着せられたわけだ。
村を襲った盗賊団を手引きした罰は軽くなかっただろう。縛り首か、火あぶりか」
イグネイの腕の中で、魔物の少女はぶるりとふるえた。からっぽの瓶がカタカタと揺れる。
「よくしらない……それから、ここにきた。くろいものが、つれてきた」
「おまえは、黒い魔物に誘導されて嘘を言ったんだな。それが『秘密』か……。
その『秘密』を守るために、永遠に他人の秘密を守る仕事を引き受けたんだな。
百年か二百年か知らんが、ずっと人の秘密を守り続けて……」
イグネイは胸が締め付けられる気がした。そのときふと、ひらめいた。
「この瓶は、どうしたんだ?」
「くろいものが、くれた。いつかこっかいしたら、ぜんぶおわるからって」
『こっかい』とは告解のことだろう。神の代理人、修道僧の前で罪を告白することで、人は救われる。
それにしても『ぜんぶおわる』とは、魔物が魔物でなくなるという意味だろうか。告解すれば魔物は永遠に、人間の秘密をこの庵で守らなくてもよくなる。
魔物はイグネイの腕の中で目を伏せた。妖魔の長いまつげに、緑色の光が落ちて影を作っていた。
どうしようもないほど、あやしい美しさ。
魔とは、人をだますために天もおそれぬほどの美しさを作り上げるのだ。
イグネイは美しい魔に尋ねた。
「告解したいのか? 告解したら秘密は消える。だが、お前自身も消える。いいのか」
魔物はゆらっと揺れた。揺れるたびに魔物の身体も緑色に光っているようだ。
その光を見ながら、まさしく魔だ、とイグネイは思った。
しかし告解したいと思っても、魔物は修道院へ入れるのか。
告解できるのか。
わからない。
わからないが、イグネイはこの愛しい魔物に奇跡の予感を感じる。
この魔物とともにあることで、イグネイの世界は変わる気がする。
イグネイはもう一度たずねた。
「『聖なる森』を離れる覚悟はあるか、おれとともに」
こくり、と魔物はうなずいた。
イグネイの胸がまた、きゅっと軋んだ。
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