「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ

文字の大きさ
上 下
17 / 25
第三章

第17話「告解」

しおりを挟む
(Unsplashのammar sabaaが撮影)

 魔物はイグネイの腕の中でふるえながら、ゆっくり話しはじめた。

「ここにくるまえは、むらにいた。
あるひ、となり町でまつりがあって、みんな出かけた。むらの大きな、かべをしめて。
 だけど火をもった奴らがきた。火をつけて、たくさんのものを持ち出した」

 イグネイはうなった。

「祭りの留守を狙った盗賊か……。
 『かべをしめる』とは、集落をかこう城壁の大門の事だな。このあたりの城壁は、たしか二百年ほど前には、もう作られていた。
 おまえは意外とあたらしい魔物なのかもしれないな、人間から転生したんだろう……。
 祭りの日に侵入者がきた。しかしカンヌキがかかっていたのに、どうやって入ったんだろう?」
「わからない。なんにんも、なんにんもきた」
「……それで」
「どんどん、もっていった。いえのもの、ひつじ。それから火をつけた」
「お前はそれを見ていたのか? どこにいたんだ」
「みてない。声だけきいた。いえのしたの氷室ひむろにいた。
 いやなにおいがした。あつかった。
 なんにんも死んだ」

 イグネイには襲撃が目に見えるようだった。盗賊の襲い方は二百年まえから変わっていないはずだ。
 盗賊団は隣村の祭りという人が出払う日を狙い、強奪を働いてから集落を燃やした。
 年寄りや子供など、祭りに行かなかった者たちが焼け死んだのだ。

 イグネイは戦場で何度も嗅いだ匂いを思い出した。胸がむかつくような、甘ったるい人間が焼けていく匂い。
 魔物はつづけた。

「くろいものが、氷室からだしてくれた。きかれた、『てびき』をみたかって」
「てびき……」

 『手引き』のことだろう。
 村を書こうがんじょうな石造りの城壁は、簡単には乗り越えられない。
 しかし壁の内側にいる人間が盗賊団と呼応してカンヌキを開ければ、どれほど高い城壁でも防御の役には立たない。

 だれか、村の内側から盗賊団を手引きする裏切者がいたのだろう。

「しかしお前、手引きも盗賊団も見ていないんだろう。地下の氷室から、足しか見ていないんだから」

 イグネイが不思議そうに言うと、魔物はこくんとうなずいた。

「なにも見てない。しらない。
 そういったら、『あの男をゆびさせ』って。
だから羊ばんを、さした」
「……そいつが手引きか?」
「ちがう。みてない。みえない」
「ひつじ番は、どうなった」
「しらない」
「……つまり、ひつじ番は濡れ衣を着せられたわけだ。
 村を襲った盗賊団を手引きした罰は軽くなかっただろう。縛り首か、火あぶりか」

 イグネイの腕の中で、魔物の少女はぶるりとふるえた。からっぽの瓶がカタカタと揺れる。

「よくしらない……それから、ここにきた。くろいものが、つれてきた」
「おまえは、黒い魔物に誘導されて嘘を言ったんだな。それが『秘密』か……。
 その『秘密』を守るために、永遠に他人の秘密を守る仕事を引き受けたんだな。
 百年か二百年か知らんが、ずっと人の秘密を守り続けて……」

 イグネイは胸が締め付けられる気がした。そのときふと、ひらめいた。

「この瓶は、どうしたんだ?」
「くろいものが、くれた。いつかしたら、ぜんぶおわるからって」

 『こっかい』とは告解のことだろう。神の代理人、修道僧の前で罪を告白することで、人は救われる。
 それにしても『ぜんぶおわる』とは、魔物が魔物でなくなるという意味だろうか。告解すれば魔物は永遠に、人間の秘密をこの庵で守らなくてもよくなる。

 魔物はイグネイの腕の中で目を伏せた。妖魔の長いまつげに、緑色の光が落ちて影を作っていた。
 どうしようもないほど、あやしい美しさ。
 魔とは、人をだますために天もおそれぬほどの美しさを作り上げるのだ。
 イグネイは美しい魔に尋ねた。

「告解したいのか? 告解したら秘密は消える。だが、お前自身も消える。いいのか」

 魔物はゆらっと揺れた。揺れるたびに魔物の身体も緑色に光っているようだ。
 その光を見ながら、まさしく魔だ、とイグネイは思った。
 しかし告解したいと思っても、魔物は修道院へ入れるのか。
 告解できるのか。

 わからない。
 わからないが、イグネイはこの愛しい魔物に奇跡の予感を感じる。
 この魔物とともにあることで、イグネイの世界は変わる気がする。

 イグネイはもう一度たずねた。

「『聖なる森』を離れる覚悟はあるか、おれとともに」

 こくり、と魔物はうなずいた。
 イグネイの胸がまた、きゅっと軋んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。 一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。 【都市伝説】 「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」 そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。 【雪の日の魔物】 周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。 【歌う悪魔】 聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。 【天国からの復讐】 死んだ友達の復讐 <折り紙から、中学生。友達今井目線> 【折り紙】 いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。 【修学旅行1~3・4~10】 周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。 3までで、小休止、4からまた新しい事件が。 ※高一<松尾目線> 【授業参観1~9】 授業参観で見かけた保護者が殺害されます 【弁当】 松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。 【タイムカプセル1~7】 暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号 【クリスマスの暗号1~7】 赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。 【神隠し】 同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック ※高三<夏目目線> 【猫は暗号を運ぶ1~7】 猫の首輪の暗号から、事件解決 【猫を殺さば呪われると思え1~7】 暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪ ※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

そして、天使は舞い降りた

空川億里
ミステリー
 舞台は東京都の北区。赤羽大学の女子寮で、不可解な事件が起きるのだが……。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...