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第三章

第16話 「魔物――お前の『秘密』を、ここで話さないか?」

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(UnsplashのAmy Treasureが撮影)

 どれくらい『秘密』の瓶を探しつづけてたのか。
 イグネイがいっそあきらめようかと思った時、ふと、ひとつのガラス瓶を見つけた。ずらりと並ぶ瓶にかくれているように、ひそかにしまわれていた。

 瓶には、封印がなかった。中身は空っぽ。リボンだけがついている。
 リボンに書かれている名前は『サジャラ』。

「……サジャラ?」

 イグネイがつぶやいた次の瞬間、魔物が駆けよってきた。
 梯子を飛び降り、小鹿のように走ってきたのだ。
 イグネイから空っぽの瓶を奪い取る。

「すまない。触れてはいけない瓶だったか? しかし、それはカラだぞ。『秘密』は入っていない」
「まだ、ない」
「……まだ?」
「まだ、ない。はいる」
「はいる……いずれ『秘密』が告解される、ということだな」

 こくん、と魔物はうなずいた。柔らかい唇がキュッと引き締まり、青い瞳がらんらんと輝いていた。
 イグネイは尋ねた。

「いつ、入る?」
「百の火が、おわったら」
「百の火……百回の火炊きが終わったらという意味か?
 そう言われたのか、黒いものに? お前の上役に」

 少女はもう一度、うなずいた。
 イグネイは身をかがめ、魔物と目線を合わせた。

「魔物よ――この瓶は、お前のものか」

 魔物は何も言わず、ただ空っぽの瓶を抱きしめていた。『秘密』もなく、封印もない瓶を。
 イグネイが続ける。

「この瓶は、いずれお前の『秘密』を入れるためのものなのだな?
 つまりお前は、告解していない『秘密』を持っているのか」
「……どんなものにも、ひみつはある」

 魔物は白い鼻先を震わせて答えた。

「こっかいして、『ひみつ』をいれたら――おわり」
「終わりとは? いったい何が終わるのだ?」

 魔物はうつむいた。イグネイは魔物のほっそりした肩に手を置いた。

「魔物――お前の『秘密』を、おれに話さないか?」
 
 金色の髪が不思議そうに揺れた。
 イグネイはからっぽの瓶ごと魔物を抱きしめる。

 金色の巻き毛が夏の日のにおいを帯びて、イグネイの鼻を刺激した。
 よく日に灼けた草のにおいだ。森を駆け抜けてゆく足音の香りだ。
 あたたかい額と、うるわしい巻き毛をもった少女のにおいだ。

 魔物ではなく、少女のにおい。
 イグネイは彼女を抱きしめたまま、つぶやいた。

「どんな秘密も、わければ半分だ」
「……はんぶん」
「そうだ。おれはおれの『秘密』をお前にわけた。
 今度はお前が秘密を分ける番だ」

 金色の巻き毛の魔物は、土床を見た。

「はんぶん。『ひみつ』をはんぶんに」

 そしてイグネイに抱きしめられたまま、ゆっくりと話しはじめた。
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