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第二章

第11話 「これが――『秘密の瓶』か」

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(UnsplashのJessie McCallが撮影)

 黒いマントは丁寧に、丁寧にイグネイの裸体に巻き付けられた。
 まるで屍衣のような巻き方だ。きっちりと隙間なく、丁寧だがすばやい作業。

「……あ」

 イグネイの前に木の椀に注いだ湯が出てきた。
 どこから湯が来たのかと見回すと、いつのまにか石小屋のなかの炉に火が入っていた。
 おそるおそる椀を受け取る。

「一瞬で火がともる暖炉。一瞬で沸く湯……魔物の住みかだ……」
「マモノ?」

 魔物は自分も湯をのみつつイグネイを見た。それからうなずく。

「マモノ、マモノ」
「いや、おれじゃない。そっちのことだ」
「おれじゃない、そっち。まもの」

 もう一度繰り返すと、ほっそりした指で湯の入った椀を包み、ゆっくりと飲みはじめた。
 イグネイを見て、椀を指さす。飲めということらしい。

 びっちりと巻き付けられたマントの隙間から苦労して手を出し、ゆっくりと湯を飲む。

 熱が身体にしみいる。
 ホッとした瞬間、イグネイは石小屋=『森の庵』の中が、炉の炎以外にも、奇妙な明るさで照らされている事に気付いた。
 あたりを見回して息をのむ。

「……これは……!」

 小さな建物すべての壁に、ぎっしりと棚が作られていた。棚には無数の瓶が並んでいる。
 すべての瓶にはほのかに緑色に光る不思議なものが入っていた。それは瓶の内部で明るくなり暗くなり、不規則に明滅していた。
 イグネイはうめいた。

「これが――『秘密の瓶』か」

 椀を置き、ヨロりと立ち上がる。壁に近づいて瓶をなめるように見た。
 けっして大きな瓶ではない。イグネイが片手で持てる程度の大きさだ。
 透明なガラス瓶の中には、ぽってりとした柔らかそうなものが入っている。
 本体は乳白色だが、ほんのりと緑色に光っていた。光の強さは一瞬ごとに変わっていく。

「『秘密』は光るのか……」

 イグネイが瓶をつかもうとすると、横から魔物が手を伸ばして止めた。
 首を振る。

「触るな、ということか?」
「だいじなもの」
「いったい、どれくらいの数があるんだ。百か、二百か」

 魔物はただ首を振った。百や二百では足りないということが言いたいのか、 それとも、魔物だから数字の概念がないのか。

 あやしい光の中で、それ以上に妖しく美しい少女は唇を引き結んだまま、イグネイの手首を握りしめている。

「……なんという、美しさだ……」

 イグネイは堪えかねてつぶやいた。
 『秘密』のことではない。目の前の魔物のことだ。
 柔らかそうな金色の巻き毛、すっと伸びた鼻、ふっくらした唇に、ふんわりした白い頬。
 緑色の眼はぱちりと開き、常に何かを言いたそうな色合いを持っている。

 魔物は何を言われているかわからないふうで、土床に置かれた椀を手に取り、イグネイの前に差し出した。

 イグネイは魔物の細い手首をつかんだまま、ゆっくりと身体を倒す。
 椀に口をつけた。
 魔物の手が支える椀の湯は、どんな美姫と飲んだ酒よりも甘く、ふくよかな香りがした。

 すべてを引き込む魔の味だ。

 イグネイは魅入られたように湯をむさぼり飲んだ。
 椀が空になると魔物は手を引き、イグネイに炉の前で眠るようにうながした。

「いや、ここは暖かい。女性が眠るべき場所だ。兵士は土間の隅でいい……」

 そういいながら、イグネイはめまいを感じた。

「――もしや、あの白湯に何か入っていたのか? まさか、お前が――」

 言葉は、最後まで出てこなかった。
 土床が勝手にイグネイのほうへ迫ってくる。
 ちがう、おれが倒れているんだ、と思う。
 
 とさりと倒れた土床の冷たさに、イグネイはうっとりした。
 この床はひんやりしている。きもちいい。

 なぜおれの身体は、こんなに熱いんだ。
 熱いのか?
 いや――寒いのか?

 高熱と悪寒に包まれて、イグネイはそのまま気を失ってしまった。
 ほんのりと緑に輝く妖しい光に、囲まれたまま。

 この世にあってはならないほど美しい魔物に見下ろされたまま、呼吸だけが高く、低く続いていた。
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