「ここへおいで きみがまだ知らない秘密の話をしよう」

水ぎわ

文字の大きさ
上 下
11 / 25
第二章

第11話 「これが――『秘密の瓶』か」

しおりを挟む
(UnsplashのJessie McCallが撮影)

 黒いマントは丁寧に、丁寧にイグネイの裸体に巻き付けられた。
 まるで屍衣のような巻き方だ。きっちりと隙間なく、丁寧だがすばやい作業。

「……あ」

 イグネイの前に木の椀に注いだ湯が出てきた。
 どこから湯が来たのかと見回すと、いつのまにか石小屋のなかの炉に火が入っていた。
 おそるおそる椀を受け取る。

「一瞬で火がともる暖炉。一瞬で沸く湯……魔物の住みかだ……」
「マモノ?」

 魔物は自分も湯をのみつつイグネイを見た。それからうなずく。

「マモノ、マモノ」
「いや、おれじゃない。そっちのことだ」
「おれじゃない、そっち。まもの」

 もう一度繰り返すと、ほっそりした指で湯の入った椀を包み、ゆっくりと飲みはじめた。
 イグネイを見て、椀を指さす。飲めということらしい。

 びっちりと巻き付けられたマントの隙間から苦労して手を出し、ゆっくりと湯を飲む。

 熱が身体にしみいる。
 ホッとした瞬間、イグネイは石小屋=『森の庵』の中が、炉の炎以外にも、奇妙な明るさで照らされている事に気付いた。
 あたりを見回して息をのむ。

「……これは……!」

 小さな建物すべての壁に、ぎっしりと棚が作られていた。棚には無数の瓶が並んでいる。
 すべての瓶にはほのかに緑色に光る不思議なものが入っていた。それは瓶の内部で明るくなり暗くなり、不規則に明滅していた。
 イグネイはうめいた。

「これが――『秘密の瓶』か」

 椀を置き、ヨロりと立ち上がる。壁に近づいて瓶をなめるように見た。
 けっして大きな瓶ではない。イグネイが片手で持てる程度の大きさだ。
 透明なガラス瓶の中には、ぽってりとした柔らかそうなものが入っている。
 本体は乳白色だが、ほんのりと緑色に光っていた。光の強さは一瞬ごとに変わっていく。

「『秘密』は光るのか……」

 イグネイが瓶をつかもうとすると、横から魔物が手を伸ばして止めた。
 首を振る。

「触るな、ということか?」
「だいじなもの」
「いったい、どれくらいの数があるんだ。百か、二百か」

 魔物はただ首を振った。百や二百では足りないということが言いたいのか、 それとも、魔物だから数字の概念がないのか。

 あやしい光の中で、それ以上に妖しく美しい少女は唇を引き結んだまま、イグネイの手首を握りしめている。

「……なんという、美しさだ……」

 イグネイは堪えかねてつぶやいた。
 『秘密』のことではない。目の前の魔物のことだ。
 柔らかそうな金色の巻き毛、すっと伸びた鼻、ふっくらした唇に、ふんわりした白い頬。
 緑色の眼はぱちりと開き、常に何かを言いたそうな色合いを持っている。

 魔物は何を言われているかわからないふうで、土床に置かれた椀を手に取り、イグネイの前に差し出した。

 イグネイは魔物の細い手首をつかんだまま、ゆっくりと身体を倒す。
 椀に口をつけた。
 魔物の手が支える椀の湯は、どんな美姫と飲んだ酒よりも甘く、ふくよかな香りがした。

 すべてを引き込む魔の味だ。

 イグネイは魅入られたように湯をむさぼり飲んだ。
 椀が空になると魔物は手を引き、イグネイに炉の前で眠るようにうながした。

「いや、ここは暖かい。女性が眠るべき場所だ。兵士は土間の隅でいい……」

 そういいながら、イグネイはめまいを感じた。

「――もしや、あの白湯に何か入っていたのか? まさか、お前が――」

 言葉は、最後まで出てこなかった。
 土床が勝手にイグネイのほうへ迫ってくる。
 ちがう、おれが倒れているんだ、と思う。
 
 とさりと倒れた土床の冷たさに、イグネイはうっとりした。
 この床はひんやりしている。きもちいい。

 なぜおれの身体は、こんなに熱いんだ。
 熱いのか?
 いや――寒いのか?

 高熱と悪寒に包まれて、イグネイはそのまま気を失ってしまった。
 ほんのりと緑に輝く妖しい光に、囲まれたまま。

 この世にあってはならないほど美しい魔物に見下ろされたまま、呼吸だけが高く、低く続いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。 一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。 【都市伝説】 「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」 そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。 【雪の日の魔物】 周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。 【歌う悪魔】 聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。 【天国からの復讐】 死んだ友達の復讐 <折り紙から、中学生。友達今井目線> 【折り紙】 いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。 【修学旅行1~3・4~10】 周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。 3までで、小休止、4からまた新しい事件が。 ※高一<松尾目線> 【授業参観1~9】 授業参観で見かけた保護者が殺害されます 【弁当】 松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。 【タイムカプセル1~7】 暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号 【クリスマスの暗号1~7】 赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。 【神隠し】 同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック ※高三<夏目目線> 【猫は暗号を運ぶ1~7】 猫の首輪の暗号から、事件解決 【猫を殺さば呪われると思え1~7】 暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪ ※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

そして、天使は舞い降りた

空川億里
ミステリー
 舞台は東京都の北区。赤羽大学の女子寮で、不可解な事件が起きるのだが……。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...