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第二章
第9話 「やめろ……よせ」
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(UnsplashのAdryan RAが撮影)
イグネイの目の前で、星が散った。これは痛みからくる衝撃の白い星だ。
「……がはっ!!」
池の水を吐き出しながら、目をひらいた。
よほど大量に水を飲んだのだろう、吐いても吐いても 水草のにおいがするものが出てきた。
それでもゼイゼイいいながら、呼吸をととのえはじめた。
「……助かった」
「ここ、水、すくない。しなない」
はっと隣を見る。あの輝くような美少女が金色の髪を波打たせて、イグネイをのぞき込んでいた。
「お前が、助けてくれたのか」
魔物は首を振り、スカートを持ち上げると立っている池のふちからゆっくりと水に入った。
「あぶない!」
イグネイが叫んでも、平気で水に入っていく。やがて、膝まで水が来たところで振りかえった。
池の中央部を指さす。次に、ほっそりした腰のあたりをしめす。
「水、ここまで。しなない」
「……え?」
しだいにはっきりしてくる意識の中で、イグネイはあたりを見回した。
小さな池。
まわりを囲む背の高い針葉樹。
自分が、もたれている岩。
岩から少女までの距離はイグネイの足なら三歩ほど。池の中央までは二十歩も歩けば十分だろう。
ごくごく浅い池なのだ。
一気に力が抜けたイグネイは、どさりと岩に体を預けた。
「は……バカみたいだな。そうか、お前はおぼれていたわけじゃないんだな」
魔物は意味がわからない様子でしばらく頭を傾けていたが、やがて自分の手をひらひらさせた。
「ここを出る、かわかす」
「乾かす? なにを?」
魔物はもう一度だけ手をひらひらさせた。
イグネイは目を閉じてぐったりとした。体が震えはじめている。いろいろなことが、もうどうでもよかった。
「とにかく、池からここに運んでくれたことは礼を言う。ありがとう」
魔物は何も言わず、池から上がって髪をしぼった。
夏の星は光が強い。金色の髪が一本ずつ輝きながら水滴をこぼす様子が浮かび上がっていた。
イグネイはただ、見とれた。
理由もなく、理屈も必要としないほど魂を奪われる美しさだった。
「……魔だな」
魔物から視線をはずせずに、イグネイはつぶやいた。
目の前で起きていることが現実なのか夢なのか、よくわからない。ただ耳の底から、さびたような老人の声がよみがえってきた。
『目の前にあるものを、そのまま受け入れます。それだけです』
おれを疑わないのか、とイグネイが尋ねた時の修道院長の答えだ。
だが今は、事情が違う。
修道院長が見ていたのは生身のイグネイだし、イグネイが今見ているのは、明らかな魔物だった。
この世にありながら、この世にいないものだ。
だがこの魔物は、感情の整理がつけられないほどに、美しい……。
イグネイの目の前で、星が散った。これは痛みからくる衝撃の白い星だ。
「……がはっ!!」
池の水を吐き出しながら、目をひらいた。
よほど大量に水を飲んだのだろう、吐いても吐いても 水草のにおいがするものが出てきた。
それでもゼイゼイいいながら、呼吸をととのえはじめた。
「……助かった」
「ここ、水、すくない。しなない」
はっと隣を見る。あの輝くような美少女が金色の髪を波打たせて、イグネイをのぞき込んでいた。
「お前が、助けてくれたのか」
魔物は首を振り、スカートを持ち上げると立っている池のふちからゆっくりと水に入った。
「あぶない!」
イグネイが叫んでも、平気で水に入っていく。やがて、膝まで水が来たところで振りかえった。
池の中央部を指さす。次に、ほっそりした腰のあたりをしめす。
「水、ここまで。しなない」
「……え?」
しだいにはっきりしてくる意識の中で、イグネイはあたりを見回した。
小さな池。
まわりを囲む背の高い針葉樹。
自分が、もたれている岩。
岩から少女までの距離はイグネイの足なら三歩ほど。池の中央までは二十歩も歩けば十分だろう。
ごくごく浅い池なのだ。
一気に力が抜けたイグネイは、どさりと岩に体を預けた。
「は……バカみたいだな。そうか、お前はおぼれていたわけじゃないんだな」
魔物は意味がわからない様子でしばらく頭を傾けていたが、やがて自分の手をひらひらさせた。
「ここを出る、かわかす」
「乾かす? なにを?」
魔物はもう一度だけ手をひらひらさせた。
イグネイは目を閉じてぐったりとした。体が震えはじめている。いろいろなことが、もうどうでもよかった。
「とにかく、池からここに運んでくれたことは礼を言う。ありがとう」
魔物は何も言わず、池から上がって髪をしぼった。
夏の星は光が強い。金色の髪が一本ずつ輝きながら水滴をこぼす様子が浮かび上がっていた。
イグネイはただ、見とれた。
理由もなく、理屈も必要としないほど魂を奪われる美しさだった。
「……魔だな」
魔物から視線をはずせずに、イグネイはつぶやいた。
目の前で起きていることが現実なのか夢なのか、よくわからない。ただ耳の底から、さびたような老人の声がよみがえってきた。
『目の前にあるものを、そのまま受け入れます。それだけです』
おれを疑わないのか、とイグネイが尋ねた時の修道院長の答えだ。
だが今は、事情が違う。
修道院長が見ていたのは生身のイグネイだし、イグネイが今見ているのは、明らかな魔物だった。
この世にありながら、この世にいないものだ。
だがこの魔物は、感情の整理がつけられないほどに、美しい……。
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