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第二章
第6話 「お心が変わられたら、戻られるがいい」
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(UnsplashのMarko Blaževićが撮影)
夜、約束の刻限になった。
イグネイがひとりで礼拝堂の裏にやってくると、老いた修道院長も時間どおりに来ていた。
小さなランタンを足元に置き、何か包みを持っている。中身は重そうだ。
――『秘密』を入れた瓶か?
イグネイは一瞬そう思ったが、すぐに首を振った。瓶に入れるべき新しい『秘密』は告解されていないからだ。
おとといから、修道院と村はイグネイ率いる王軍が取り囲んでいる。
村人は家から出られず、誰も修道院へ入ることすらできない。まして告解など、できるはずがない。
修道院長はイグネイを見ると黙ってランタンを持ち、ゆっくりと歩きはじめた。イグネイも後ろを歩く。
灰色の石で作られた礼拝堂を回りこみ、背後の暗い森へ入っていく。
イグネイは真っ黒な森に入る前にマントを体に巻きつけた。夏とはいえ、夜は冷える。このあたりは高地に近いのだ。
足を踏み入れると、森の中は驚くほどの音に満ちていた。
フクロウがなく声、小さな動物たちがエサを求めて走り回る音。
そして、土と葉を踏みしめて先を行く修道院長の足音。
木々の間を細い道が続いている。
イグネイは斥候に慣れた軍人の眼で森を確認した。
伏兵がいる様子はない。聞こえるのは、自然の音だけだ。
自然の音は、味方。
イグネイはなるべく足音を立てずに小道を歩いた。道は案外と歩きやすい。
道の周りだけ、とがった木々が生えていないのだ。
おかしい。
少し放置すれば、すぐにはびこるイバラの群生がないのは、なぜだ?
先を行く修道院長の姿を目で追いながら、イグネイはすぐに気が付いた。
この道は、何者かによって定期的に手入れされているのだ。
イバラを刈り込み、道を踏みしめて整えて通りやすく整備されている。
なぜだ?
修道院長が告解で得た『秘密』を運ぶためだ。
ぽきり、という枝を踏み折る音が聞こえたあと、修道院長の足音は止まった。
だまってランタンで巨木をしめす。
修道院長が明かりをかかげたあたり、ちょうどイグネイの胸のあたりに、幹にあいた大きな洞があった。
「ここに、『秘密』の入った瓶を入れるのか」
「そうです」
修道院長は持ってきた包みを入れた。
「それはなんだ」
「供物です」
「くもつ……『秘密の番人』への供物か?」
修道院長が陰になった顔でうなずいた。
「包みを開けるぞ、中を確認する」
イグネイは洞に手を入れ、包みを取り出した。
持ってみるとズシリと重い。外側の布をほどき、木の枝で編んだカゴを見た。
「堅パン、干し魚……変わった供物だな」
「われらは殺生を禁じられております。かわりに堅パンと魚を『番人』へ奉じるのです」
「ふん」
イグネイはカゴを包みなおした。乱暴に、洞へ突っ込む。
「ここで待っていれば、『秘密の番人』がこれを取りに来るわけだな」
「そうです。しかし、いつ来るかはわかりません。一晩中待っても、何も起きないかもしれません」
「何も起きなくても、一晩中待つさ――修道院長、いっていいぞ」
ほう、と修道院長はため息をついた。
「公子は、見かけによらず強情だ」
「意志が強いと言ってくれ。軍人には必要なことだ」
イグネイは再び、しっかりとマントを体に巻き付けた。修道院長はランタンを持って、
「明かりは持っていきますぞ。『番人』は明かりを嫌うといいます」
そのまま歩き出したかとおもうと、ランタンが止まり、老人の声だけが聞こえた。
「この道を、まっすぐ南にくだれば修道院です。道は一本、迷う心配はございますまい。
お心が変わられたら、いつでも戻られるがいい」
それを最後に、足音がゆっくりと遠のいていった。イグネイの周りと真っ黒な闇が取り巻いた。
頭上を見上げる。
夏の大鹿座が、えものを追う姿で輝いていた。
おれが『番人』をとらえられますように、とイグネイは思った。星に願いをかけるなんて、やったことはないが。
今夜、どうしても探り取りたい母の秘密には、イグネイの輝ける未来がかかっている。
夜、約束の刻限になった。
イグネイがひとりで礼拝堂の裏にやってくると、老いた修道院長も時間どおりに来ていた。
小さなランタンを足元に置き、何か包みを持っている。中身は重そうだ。
――『秘密』を入れた瓶か?
イグネイは一瞬そう思ったが、すぐに首を振った。瓶に入れるべき新しい『秘密』は告解されていないからだ。
おとといから、修道院と村はイグネイ率いる王軍が取り囲んでいる。
村人は家から出られず、誰も修道院へ入ることすらできない。まして告解など、できるはずがない。
修道院長はイグネイを見ると黙ってランタンを持ち、ゆっくりと歩きはじめた。イグネイも後ろを歩く。
灰色の石で作られた礼拝堂を回りこみ、背後の暗い森へ入っていく。
イグネイは真っ黒な森に入る前にマントを体に巻きつけた。夏とはいえ、夜は冷える。このあたりは高地に近いのだ。
足を踏み入れると、森の中は驚くほどの音に満ちていた。
フクロウがなく声、小さな動物たちがエサを求めて走り回る音。
そして、土と葉を踏みしめて先を行く修道院長の足音。
木々の間を細い道が続いている。
イグネイは斥候に慣れた軍人の眼で森を確認した。
伏兵がいる様子はない。聞こえるのは、自然の音だけだ。
自然の音は、味方。
イグネイはなるべく足音を立てずに小道を歩いた。道は案外と歩きやすい。
道の周りだけ、とがった木々が生えていないのだ。
おかしい。
少し放置すれば、すぐにはびこるイバラの群生がないのは、なぜだ?
先を行く修道院長の姿を目で追いながら、イグネイはすぐに気が付いた。
この道は、何者かによって定期的に手入れされているのだ。
イバラを刈り込み、道を踏みしめて整えて通りやすく整備されている。
なぜだ?
修道院長が告解で得た『秘密』を運ぶためだ。
ぽきり、という枝を踏み折る音が聞こえたあと、修道院長の足音は止まった。
だまってランタンで巨木をしめす。
修道院長が明かりをかかげたあたり、ちょうどイグネイの胸のあたりに、幹にあいた大きな洞があった。
「ここに、『秘密』の入った瓶を入れるのか」
「そうです」
修道院長は持ってきた包みを入れた。
「それはなんだ」
「供物です」
「くもつ……『秘密の番人』への供物か?」
修道院長が陰になった顔でうなずいた。
「包みを開けるぞ、中を確認する」
イグネイは洞に手を入れ、包みを取り出した。
持ってみるとズシリと重い。外側の布をほどき、木の枝で編んだカゴを見た。
「堅パン、干し魚……変わった供物だな」
「われらは殺生を禁じられております。かわりに堅パンと魚を『番人』へ奉じるのです」
「ふん」
イグネイはカゴを包みなおした。乱暴に、洞へ突っ込む。
「ここで待っていれば、『秘密の番人』がこれを取りに来るわけだな」
「そうです。しかし、いつ来るかはわかりません。一晩中待っても、何も起きないかもしれません」
「何も起きなくても、一晩中待つさ――修道院長、いっていいぞ」
ほう、と修道院長はため息をついた。
「公子は、見かけによらず強情だ」
「意志が強いと言ってくれ。軍人には必要なことだ」
イグネイは再び、しっかりとマントを体に巻き付けた。修道院長はランタンを持って、
「明かりは持っていきますぞ。『番人』は明かりを嫌うといいます」
そのまま歩き出したかとおもうと、ランタンが止まり、老人の声だけが聞こえた。
「この道を、まっすぐ南にくだれば修道院です。道は一本、迷う心配はございますまい。
お心が変わられたら、いつでも戻られるがいい」
それを最後に、足音がゆっくりと遠のいていった。イグネイの周りと真っ黒な闇が取り巻いた。
頭上を見上げる。
夏の大鹿座が、えものを追う姿で輝いていた。
おれが『番人』をとらえられますように、とイグネイは思った。星に願いをかけるなんて、やったことはないが。
今夜、どうしても探り取りたい母の秘密には、イグネイの輝ける未来がかかっている。
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