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第一章
第2話「修道院に隠してある『秘密』」
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(Sam WilliamsによるPixabayからの画像 )
「ともあれ、今日のところは、わが軍の野営を認めてもらいたい」
イグネイは修道院長の返事を待たずに、副官に指示を出した。
「親衛隊は中庭に、兵士は外壁ちかくに天幕を張れ。水は修道院の井戸を使え」
「は」
「おっと、言い忘れた」
イグネイは整った顔をにやりとさせて、副官へ言い添えた。
「修道院だろうが近くの村だろうが、火つけ・略奪は禁止だ――今のところはな」
「今のところは、ですな。兵士にそう言っておきましょう」
副官もニヤリとすると、修道院長と巨体の若い修道士をにらみつけてから出ていった。
イグネイは、もう一口ワインを飲む。
「修道院長、ワインはいかがです?」
「遠慮しましょう」
痩身の修道院長は口元をこわばらせて答えた。しかしイグネイは、宮廷中の女たちをとろかしてきた甘い表情で、もう一度言った。
「修道院長、良ければワインを飲むように、と何度も申し上げている。毒殺が心配なら、御身のゴブレットを用意されればいい」
一瞬だけ、老いた顔が不審げにゆがんだ。が、すぐに元の顔に戻り、若い修道士に命じた。
「金の飾りのあるゴブレットを持ってきなさい。礼拝堂の聖物棚に置いてあるはずです」
修道士は眉を上げ、何か言いたそうな雰囲気のまま、だまって部屋を出ていった。
扉が閉じられ、足音が去っていく。
部屋に残ったふたりは、何も言わずに足音が完全に消えるまで待った。
やがて、修道院長が口を開く。
「人払いをしました。何か、内密におっしゃりたいことがあるのですか」
イグネイは机に置いたゴブレットをどけて、ずい、と体を乗り出した。修道院長のとがった鼻の寸前まで、顔を近づける。
「……ある。俺は『秘密』が欲しい。この修道院に隠してある『秘密』だ」
さっと老人の顔が青ざめた。
「どこで、それを――」
「詳細を説明している暇はない。あの男が戻ってくる前に話を済ませよう。
俺が欲しいのは、あるひとの『秘密』をおさめた瓶だ。
この修道院に告解に来たものの『秘密』を密封した瓶があるはずだ。それを、渡してほしい」
ごくり、と修道院長のやせた首が音を立てた。老人の押し殺した声が、答える。
「あれは――あれは外へは出せません。たとえご本人がいらしても、いったんお預かりした秘密は二度と外へ出せぬのです」
「本人がここへ来るはずがない。そうだろう、修道院長?
秘密を預けるのは、記憶を預けるのと同じことだ。告解が終わると同時に、しゃべった本人は秘密ごと記憶を失う。
つまり、すっかり忘れてしまうんだ。
だが、この修道院のどこかに無数の『秘密』を預かっている者がいるはずだ。
いわば『秘密の番人』だな。そいつが秘密を管理し、守り、隠し通している。
俺はそいつに会いたい。あって、確かめたいことがあるんだ」
一気に言いきって、イグネイは下から修道院長のとがった鼻をにらみ上げた。
「『秘密の番人』を連れて来い。さもなければ、今夜にも修道院と村は丸焼けだ……」
「ともあれ、今日のところは、わが軍の野営を認めてもらいたい」
イグネイは修道院長の返事を待たずに、副官に指示を出した。
「親衛隊は中庭に、兵士は外壁ちかくに天幕を張れ。水は修道院の井戸を使え」
「は」
「おっと、言い忘れた」
イグネイは整った顔をにやりとさせて、副官へ言い添えた。
「修道院だろうが近くの村だろうが、火つけ・略奪は禁止だ――今のところはな」
「今のところは、ですな。兵士にそう言っておきましょう」
副官もニヤリとすると、修道院長と巨体の若い修道士をにらみつけてから出ていった。
イグネイは、もう一口ワインを飲む。
「修道院長、ワインはいかがです?」
「遠慮しましょう」
痩身の修道院長は口元をこわばらせて答えた。しかしイグネイは、宮廷中の女たちをとろかしてきた甘い表情で、もう一度言った。
「修道院長、良ければワインを飲むように、と何度も申し上げている。毒殺が心配なら、御身のゴブレットを用意されればいい」
一瞬だけ、老いた顔が不審げにゆがんだ。が、すぐに元の顔に戻り、若い修道士に命じた。
「金の飾りのあるゴブレットを持ってきなさい。礼拝堂の聖物棚に置いてあるはずです」
修道士は眉を上げ、何か言いたそうな雰囲気のまま、だまって部屋を出ていった。
扉が閉じられ、足音が去っていく。
部屋に残ったふたりは、何も言わずに足音が完全に消えるまで待った。
やがて、修道院長が口を開く。
「人払いをしました。何か、内密におっしゃりたいことがあるのですか」
イグネイは机に置いたゴブレットをどけて、ずい、と体を乗り出した。修道院長のとがった鼻の寸前まで、顔を近づける。
「……ある。俺は『秘密』が欲しい。この修道院に隠してある『秘密』だ」
さっと老人の顔が青ざめた。
「どこで、それを――」
「詳細を説明している暇はない。あの男が戻ってくる前に話を済ませよう。
俺が欲しいのは、あるひとの『秘密』をおさめた瓶だ。
この修道院に告解に来たものの『秘密』を密封した瓶があるはずだ。それを、渡してほしい」
ごくり、と修道院長のやせた首が音を立てた。老人の押し殺した声が、答える。
「あれは――あれは外へは出せません。たとえご本人がいらしても、いったんお預かりした秘密は二度と外へ出せぬのです」
「本人がここへ来るはずがない。そうだろう、修道院長?
秘密を預けるのは、記憶を預けるのと同じことだ。告解が終わると同時に、しゃべった本人は秘密ごと記憶を失う。
つまり、すっかり忘れてしまうんだ。
だが、この修道院のどこかに無数の『秘密』を預かっている者がいるはずだ。
いわば『秘密の番人』だな。そいつが秘密を管理し、守り、隠し通している。
俺はそいつに会いたい。あって、確かめたいことがあるんだ」
一気に言いきって、イグネイは下から修道院長のとがった鼻をにらみ上げた。
「『秘密の番人』を連れて来い。さもなければ、今夜にも修道院と村は丸焼けだ……」
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