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第三章「「シンジ・過去に追い詰められる」

第18話 「おれの余白を、あなたで埋めて」

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(zheng shiによるPixabayからの画像 )


 おれは息をのんだ。椿が豹変している。頬が上気して、瞳がキラキラしていた。
 あっというまにベルトで両手を縛りあげられた。ついでに、そのへんにあったタオルで足首も縛られる。
 動けそうで動けない。絶妙なかげんだ。

 これがエミリさんの言っていた”基本の手首緊縛”ってやつ? 困るくらいにうまいじゃん……。

「あのう……つばきちゃん」
「女王さまと呼びなさい――ごめんね、プレイに入ったら途切れさせちゃダメなの。お姉ちゃんから、そう教わった」

 そう言う椿のおでこに汗がにじんでいる。
 そうか、女王さまプレイって女性には肉体労働なんだ。
 百七十センチの男を、百五十センチの椿がおさえ込むには全身の力がいる。彼女はおれのために限界まで身体を使いきろうとしていた。

 椿が、ちらりとこちらを見る。ちょっぴり不安そうな表情。
 あたりまえだ。彼女にとってもこれが初めての女王さまプレイなんだ。

 ……ちがうぞ。“初めての女王さまプレイ”どころじゃない。
 椿はバージンだ。これが、初めて男とセクシャルなことをやるタイミングなんだ。
 ふつうなら女の子は男のリードにまかせたいだろう。不安だらけだから。
 なのに椿は、自分の不安を押さえて女王さまになろうとしている。

 なぜだ。

 答えはすぐひらめいた。
 おれがそう、望んだから――。

 ぶわっと指先まで熱が走った。

 愛されるとは、こういう事だ。願いは相手に届き、彼女はおれのためにできない努力すら、してくれる。
 だからこそおれは、彼女の愛情を当然と思ってはいけない。
 小声で言う。

「ここで終わってもいいんだぜ、椿」

 椿の目が泳いだ。逃げ出したいんだろう、当たり前だよ。それでいい。
 
「いいんだ椿。おれみたいな男は見捨てろよ。しょせん、その程度の男なん……痛ってええええ!!! アバラ……蹴っちゃ、ダメ……つばき」

 うそ……椿ちゃんの蹴りが、クリーンヒット……。

「おれ、あばらが……折れてる……」
「――あっ、わすれてた、ごめんなさい!……ん?……それ、使えるわ」

 椿は、あばらのあたりを撫ではじめた。ゆっくりと円を描くように――。

「……痛い?」
「う、うん」
「さわられたくない?」
「……二本折れてるらしいんで……できれば、さわらない……で」

 椿はにっこりした。
「犬が、女王様にそんなことを言えると思っているの?」
 全身が、ぞくぞくする。
 こえええ。

 こわい……けど。
 なんだこの安心感は。
 おかしいよ。

 両手・両足を縛られているから抵抗できない。椿が、折れているアバラの上に体重を乗せれば、おれは瞬時に気絶する。
 それでもいいんだ。椿になら、何をされてもかまわない。

 女王さまは、愛があるから責められる。
 奴隷は、愛があるから身体と感情を預けられるんだ。
 愛する人に何もかもを預けきる愉悦。
 何をされてもいい、どうされてもいいと思うほどに――おれは椿を愛している。

 言葉も理性もいらない信頼関係は、とろけそうなほどに甘い。完全に許された甘さの中で、何もかもをぶちまける。

「――おれが悪かった」
「悪かった? なにが?」

 彼女の作り出す言葉の迷路で、おれは十一歳に戻っていく。漆黒の、底の見えない夜のなかへ言葉がころがる。

「おれは、いい子でいなきゃいけなかった。うちは壊れていたから――。
強くて正しい男でなければダメなんだ――ほんとうのおれは、強くも正しくもないから。
ごめん、つばき。こんな男で……」

 目の前で、これまでの日々が音を立てて組みあがっていった。
 早くに亡くなった母親。ろくでなしの父。レイプした義母。おれと付き合っても、空っぽの中身に絶望して離れていった女の子たち。延々と続くコルヌイエホテルでの仕事。横暴なボス。

 すべてのものが、ここにたどり着くためにあったんだ。
 そして未来は、たったひとりの女性の形になった。

 ――椿。

 いとしいひとの声が、夜の底に響く。かすかな明かりのように。
「いいの。強くもない、正しくもない――あたしは、そんなあなたが欲しいの。
これで、答えになる?」
「ありがとう。十七年間ずっとほしかった答えだよ、椿」

 身体が、痛いほどに張りつめている。
 大きく息をしたとき、温かい舌が耳に差し込まれた。思わず、声が出た。
 
「……あ……っ つばきっ!」

 ――この世には、男が正気を投げ打つに足る快楽が、存在する。
 いちど味わってしまえば、そこから逃げられない。ひとりには戻れないからだ。

 椿。きみ以外では埋まらない穴があいたよ――だから。
 おれの余白を、あなたで埋めて――。
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