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第12章「あした世界が終わるとしても」
第144話「いつか、きみに愛していると言わせてくれ」
しおりを挟む(UnsplashのMimipic Photographyが撮影)
ゆっくり、ゆっくりと清春が佐江に飲み込まれてゆく。
自分の身体が佐江の中に溶け込む快感に、清春は耐えた。
ふ、と佐江の身体が小さく震《ふる》える。彼女の短く切った爪が、かすかに背中に食いこんだ。
佐江が清春の背中に爪を立てる痛みは、これまで受けたどんな愛撫よりも深い愉悦につながっている。清春の熱にひきずられていくように、佐江の整った顔がせつなくゆがんだ。
爪が、ひそやかに清春を追い詰める。
声にならない声が、清春に命じている。
もっと、もっとあなたを。
もっと深くもっと奥まで。
私にあなたを、理解させて。
「佐江。顔を見せてくれ」
今にも泣き出しそうな顔をした佐江が清春を見おろした。それを見て、清春はようやく佐江を取り戻した気がして、笑うことができた。
そっと佐江の小さな顔を両手で包み込み、高い頬骨を親指で愛撫する。皮膚の下でかすかに息づく佐江の頬骨の確かな固さを感じる。
清春の、いとしい人の骨の固さだ。
「会いたかった」
清春は佐江を見つめながら、ささやいた。
これほど赤裸々に自分自身を吐露することが許されるとは、清春には信じられなかった。だがこのひとは、清春をそのまま受け入れてくれる。
弱い清春のまま。
意地っ張りで素直になれない清春のまま、佐江はそっくり呑み込んでくれた。
「会いたかった。どうしようもなく、会いたかった。きみなしでは、眠れないほど、会いたかった」
ほろり、と佐江の瞳から涙がこぼれ落ちた。清春の指が、それをぬぐってやる。
彼女が言う。
「もう、どこにも行かない?」
少女のような声で佐江が尋ねる。その声音《こわね》の清浄さに、清春の身体は最後の自制を失う。
「どこにも、行かない」
自分と佐江を確実に最後の悦楽に追い詰める動きをしながら、清春は佐江の顔を見上げた。
「どこにも行かない。信じろよ、おれはもう、おまえのものだ」
佐江はまだ目に涙をためながら、清春の瞳をじっと見る。
佐江の視線は天上《てんじょう》の花《はな》のようなものだ、と清春は思った。
甘くやさしく心地よく、どんな清春も包み込んでしまう無限の花。
清春だけの、花。
最後の愉悦は、清春のすべてを押し流して甘く甘く炸裂した。
「いつか、きみに愛していると言わせてくれ――佐江」
清春の最愛の女は、ため息だけで答えた。
いいわ、キヨさん。
いつか、あなたは私のものだと世界中に叫んであげる――。
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