134 / 153
第11章「最深部」
第133話「何も言えない、ろくでなし」
しおりを挟む清春が静かなテノールでささやくと、眠っている佐江は、かすかに眉をひそめた。
その表情がかわいらしくて、清春はつい、ひたいにキスを重ねる。
「起きろ。風邪をひくぞ」
ゆっくりと佐江の二重まぶたが開く。ぱちぱちと数回まばたきをして、ちょっと、驚いたように目を見張った。
「キヨさん」
「そのまま、ソファで寝るなよ。水でも、飲むか?」
清春はスイートルームの冷蔵庫から水のボトルを取り出し、佐江の前においてやる。
佐江は眠そうに眼をこすり、ソファの上に起き上がった。水のボトルを手に持ったまま、ぼんやりとしている。
清春は向かいにあるオットマンに座った。そして佐江の手から水のボトルを取ると両手で栓をひねり開け、ぼんやりしたままの佐江に持たせてやる。
「ほら、飲んで」
佐江はこくりとうなずいて、水を飲む。そのしぐさが清らかな少女のようで、清春はもう、何も言えなくなる。
この女を、自分の不注意な行動が痛めつけたのか? ほんとうに?
とっさに立ちあがり、ルームサービスのメニューを手にして、佐江の元に戻ってきた。
「きみ、仕事の後、そのまま来たんだろう。何か、食べたほうがいい」
かぶりを振る佐江に、清春はそっとメニューを押し付ける。
「頼む。おれを助けると思って、何か食ってくれ。
どうせきみも、真乃《まの》と洋輔に頼まれて来たはずだ。おれになにか食わせて休ませたいのなら、きみも食ってくれ」
「じゃあ、キヨさんが食べたいものを」
清春は時計をちらりと見て、まだルームサービスが頼めるのを確認してから内線で食事をオーダーした。それから佐江に視線を戻す。
佐江はだまって手の中の水のボトルをもてあそんでいる。清春は、そのまま彼女を眺めていた。
視線に気づいた佐江が、仕方なさそうに微笑む。
「どうしました?」
「きみ、少し痩せただろう。もともと細いんだから、もっと食わなくちゃだめだ」
おれはいったい、何を言っている? 清春の半分が自分をののしる。
佐江を取り戻したいのなら、もっとましなことを言うべきなんだ。
きみをあいしている、とか。
あのことは、すまなかった、とか。
しかし、甘い言葉は清春の口から出てこない。
身体いっぱいに満ちあふれている悔恨《かいこん》も後悔も申しわけなさも、清春の舌を経由すると、感情のこもらない端的《たんてき》な言葉になる。
清春が、ろくでなしだからだ。
これまで、どんな女を大切にしてこなかった男だからだ。
小さくため息をついた。
おれはろくでなしだ。佐江の許しを請うこともできない。
こんなに佐江を愛しているのに。
生まれてはじめて、何もかも捨ててもいいと思える人に出会ったのに。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる