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第10章「いつか離れる日が来ても」

第117話「この幸せには、時間制限がついている」

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(Stefan KellerによるPixabayからの画像 )

 思えば、今日の佐江は朝のカフェから様子がおかしかった。
 疲れているような、どこかで痛みをこらえているような不穏《ふおん》な感じが、夜になった今でも続いている。

 清春はそれに気づいていたけれども、自分を食い破りそうな佐江への欲情に目がくらんで、配慮しているゆとりがなかった。
 そして今、岡本佐江の柔らかな不穏さが、清春をたまらなく不安にしている。

 不安定な佐江の中に踏み入りたいと思いながら、無言の拒絶を乗り越えていけない。

 何を、かんがえている?

 尋ねる代わりに、清春は佐江の首筋にキスをする。
 佐江の首筋はいつもなめらかで、清春の唇を待っているように甘く香っていた。
 花の香りに、佐江がつけている”李氏の庭”のおだやかな香りが混じる。

 清春が、佐江のために選んだと割れの香り。
 佐江の匂いと混じって、なぜか胸が締め付けられるような変化をした香り。
 この世で、井上清春しか知らない匂いだ。

 おれは、いつまでこの匂いを手の中にとどめておけるんだろう。

 キスはしだいに熱を帯び、六月の夜の中に拡散してゆく。
  夜の中に、頼りなく薄れていってしまう。

 清春は唇を舌で割り、内部を甘やかに犯していく。佐江がためらいながら、わずかにキスを返してくる。
 その力は、清春が望むほど強くなく、しかし清春がしがみつくに足るほどには希望的だ。

 くちなしの匂いがするこの唇を、清春は誰にも奪《と》られたくない。

 キスが終わってからも佐江を抱きしめたまま、何も言わずに黙っていた。
 満ち足りた、しかしどこかに不安をひそめた六月の夜がひろがっている。

「キヨさん」

 佐江が言った。

「くちなしの花言葉って、知っています?」
「さあ?」
「”私は幸せ””とても幸せ”っていうんですよ。いい花言葉よね?」
「ああ、とてもいい。それは、金では買えない幸せだな」
「そうね、お金では買えない」

 ふわっと、佐江と清春の間に、濃厚なくちなしの香りが割って入ってきた。

「お金で、買えたらよかったのに」

 佐江がぽつりと言う。清春はふいに、何を言ったらいいのかわからなくなる。

「佐江。うちに、帰るか」

 くちなしの香りに包まれて、清春の最愛の女は微笑んだ。
 この幸せには、時間制限がついている、というように。
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