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第10章「いつか離れる日が来ても」
第105「会いたかったって、言えよ」
しおりを挟む(hoàng hớn nguyễnによるPixabayからの画像 )
清春はカフェのテーブル越しに、佐江を見た。頭の中では今見たばかりのコルヌイエのエントランス風景が何度もリプレイされている。
カフェとコルヌイエホテルは大通りを挟んでいるだけだ。清春の席からは、ナイトマネージャーの白石の顔までやすやすと見分けられた。
この一週間、清春は毎朝、銭屋香奈子を見送るためにエントランスに立った。ちょうど白石が立っていた場所、ほぼ同じ時間に。
朝のエントランスに来た清春を、佐江は難なく見分けただろう。
「きみ、この一週間ほど、毎朝、この店に通っていたって?」
一拍おくれて佐江が答えた。
「ええ」
清春は、佐江の口からどうやっても甘い言葉を引き出したい。だから冷静さをよそおって、佐江の退路を断つべく彼女を追い詰めていく――遠回しに。
獲物に猟犬の意図を気づかせぬくらいに遠いところから追い詰めてゆく。
長い指で無造作に煙草をつまんで佐江に尋ねる。
「きみ、毎朝八時半から九時のあいだにここに来ていた? この席に?」
「仕事の前に寄るんですもの。同じ時間になるでしょう」
佐江はとうとう作り物の笑顔をかなぐり捨てて、清春の顔から眼をそらした。獲物がまんまと罠にはまったことを知り、清春はにやりと笑った。
「そうか偶然だな。おれもこの一週間、毎朝八時半から九時のあいだエントランスに立っていたよ。ゲストのお見送りがあったからね――佐江」
清春の声は、今度こそ隠しようがないくらい笑い声に近かった。
「偶然か?」
「偶然でしょう」
佐江はまだ、そっぽをむいたままとぼけている。清春はそんな佐江がかわいくて仕方がない。
もっといじめたくなり、言葉を続ける。
「きみは、おれがエントランスにでてくる時間帯に、おれが一番よく見える席にきみが座ってたわけだ。しかも毎朝」
「ねらったわけじゃありません」
「佐江。会いたかったってみとめろよ。このあいだのメッセージでも、結局きみは会いたいと言わなかったな。
おれはちゃんと伝えたよ」
清春は言い添えた。
「正直になるのは、恥ずかしい事じゃないだろ」
「べつに恥じているわけじゃありません。あのキヨさん、あたし鍵を――」
鍵を、という一言を佐江が漏らした瞬間、清春はその言葉を断ち切るべく、低く鋭い声で言った。
「会いたかったって、言えよ」
佐江が、おどろいたような顔でカバンの中をのぞきこむのをやめる。
清春はもうどんな余裕もなく、まっすぐに佐江を見すえた。
煙草を、ゆっくりと口元に持って行く。
じりっと一口吸いつけると、ゆるやかに煙を吐き出した。
身体が、痛いほど佐江に反応している。
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