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第9章「水平線」
第93話「今カノ・元カノ 鉢合わせ……?」
しおりを挟むその夜、清春と村上はコルヌイエホテルで顔を見合わせて香奈子の帰りを待っていた。
二十時をすぎるころ、村上がとうとうしびれを切らした。
「もう心配です。心当たりを探しましょう」
「銭屋様の携帯は?」
「お持ちですけどね、あの方はすぐに電源を落としてしまわれるんです。さっきから、どれだけコールしてもつながりません」
そのときプレジデンシャルスイートの内線電話が鳴った。清春が電話を取ると、レセプションカウンターからだった。
「井上さんに、お客様がお見えです」
「わたしに? どなたです?」
「八越《やつこし》デパートからの方で、銭屋様のお名刺とお荷物をお持ちです」
電話内容を聞いていた村上は、思わず清春と顔を見合わせた。
「八越デパート?」
「名刺を預けられたということは、銭屋さまはデパートでお買い物をされたんでしょう」
清春と村上はロビーに向かった。小太りの村上は息を切らしながら、
「お荷物だけが届いた? かんじんの香奈子さまはどちらにいらっしゃるんだか」
ロビーに降りてみると、小柄だがセンスのいい服装をした若い女性が大きなショッピングバッグをもって立っていた。清春たちが近づくとぺこりと頭を下げ、
「あの、コルヌイエホテルの井上様ですか?わたし、安西《あんざい》と申します」
「お手数をおかけいたしました、銭屋様つきのコンシェルジュ、井上と申します。お荷物を届けていただいたとか?」
彼女は八越《やつこし》のロゴが入った大きなバッグを差し出した。
「さきほど、銭屋様が当店でお買い物をなさいまして、お買い上げいただいたものをこちらへ届けてほしいとおっしゃいましたので」
「まあまあ、ご足労《そくろう》をおかけしました。それで香奈子さまは?」
若い女性はにっこりと微笑み、
「まだ八越におみえです。こちらには宝飾品なども入っておりますので、念のためにわたくしがお運びいたしました」
村上はにこにこしながら、大きなショッピングバッグを受け取った。そして清春に向かい、
「わたし、お荷物をお部屋に片付けてまいります。井上さま、こちらさまにコーヒーなど差し上げていただけますか?」
とんでもない! と安西と名乗った若い女性は、飛び跳ねるようにして断った。
「わたくしも仕事を抜けてきておりますから、これで失礼いたします」
またぺこりと一礼すると黒いスカートをひるがえして去っていった。村上はその小さな後姿を見て、
「ずいぶんとしつけのゆきとどいた娘さんですこと。あの立ちふるまい、気の使いよう、言葉の正確さ。あれはハイブランドのショップ店員でしょうね。気持ちのいいお嬢さんでした」
たしかに、あの歯切れのいい敬語の使い方にはなじみがある。佐江がスタッフと電話口で話している時によく聞く語調だ。
ふと、清春の背筋にひやりとするものが走った。
八越《やつこし》だって?
佐江の店が入っているデパートじゃないか。
まさか。
佐江と香奈子さんが出会った、なんてことは、あるまいな?
まさか……あるまい、な?
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