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第3章「ラヴィン・ユー」

第22話「それについては、キヨさんと寝てみないと、なんとも言えません」

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(729714によるPixabayからの画像)

 清春は、ベッドの上で目が覚めたとき不必要に恥ずかしがる女が嫌いだ。夜の余韻を朝に残さない、きっぱりした女のほうがすがすがしいと思う。
 佐江が目覚めた気配を感じてコンノードホテルのベッドルームをのぞきこむと、半分眠っている彼女はごく自然にかわいらしかった。

「やあ、起きたか。まだ寝ていていいよ。今日はきみ、仕事は休みだろ」
「……何時です?」
「7時。おれはいったん部屋に戻って着替えてから、仕事に行くから」

 ここまで普通に会話をして、佐江はようやく違和感を抱いたようだ。ベッドの中で数回、ぱちぱちをまばたきをして、それから突然、がばっと起き上がった。

「き…きよはるさんっ」
「うん?」

 と清春はベッドの上の佐江を見た。佐江は体にブランケットを巻き付け、二重まぶたの目をひらいて清春を見つめた。

「あたし……昨日、“白楽天”で……コンノードホテルが」
「なに、それ? 連想ゲーム?」

 清春は、つとめて冷静な声で答えた。ベッド上で混乱しながら話している佐江を見ていると、それだけで、笑いが込み上げてくる。

「連想ゲームなんかじゃありません! お詫びを……」
「ああ、そういうのはいらないから」

 清春は手を振って、ドレッサーの鏡の前でネクタイの結び目を直した。
 いったん、佐江から目を離さないと、本当に笑いだしそうだ。

 佐江は、いつもの貴族的な美貌さえどこかへ失くし、まるで子供のように混乱していた。その様子が、清春を微笑ませる。

「佐江ちゃん、シャワーでも使って来たらどうだ? もうじき、ルームサービスのコーヒーが来るぜ」

 清春はクローゼットから手早く佐江の黒いワンピースを取り出して、ハンガーごと手渡した。急がないと、本当にルームサービスのボーイがやって来そうだ。
 ベッドの上で赤くなっている佐江はたまらなく可愛らしいが、他の男の目には絶対にふれさせたくない。
 佐江をバスルームに追い立てながら言った。

「もうじきボーイがくるから、絶対にバスローブなんかで風呂から出てくるなよ」

 佐江は不思議そうに、

「なぜですか? ホテルの、きまりかしら」

清春は佐江の髪の毛を眺めて顔をしかめた。
 
「あのね、世の中には自分と一緒に泊まった女のバスローブ姿を、ホテルのボーイに見せたくない男もいるんだよ。おれはそういうタイプです」

 清春がバスルームのドアをばたんと閉めたとき、ボーイがならすドアベルの音が聞こえた。清春は息を吐いて、ボーイを部屋に入れる。
 コーヒーがポットごと運ばれてきた。
 伝票にサインしていると、佐江がシャワーを浴び始める水音がする。
 ボーイを手早く追い出して、清春はようやく息をついた。

 ほんとうは、佐江がシャワーを浴びている水音ですら他の男には聞かせたくない。

 そこまで考えて、清春は我ながらどうかしている、と思った。そしてコーヒーを注いでいると、わずか十分足らずですっかり身支度を整えた佐江が出てきた。

 もう、さっきの少女のような愛らしさを片鱗もなく、清春の記憶にある通りの、高雅で品のある美貌の女だ。
 あの愛らしさと、クールな美貌のどちらが好きかと言われれば、清春は、あどけなさのなかにかすかな色気をまとった少女の佐江のほうが、好きだった。
 手にしたコーヒーを飲む。それから佐江に、

「コーヒー、ポットで来ているよ。いるだけ飲みなさい」
「ええ」

 と、優雅に答えると、佐江はカップにたっぷりとコーヒーをついだ。しかし、佐江の小さな手は震えていた。清春がじっと見ていると、佐江はどうにか手の震えをおさめて、何もなかったような顔で、コーヒーを飲みくだした。

「キヨさん」

 佐江が、やや低い声で話しかけた。

「なに?」
「コーヒー、もうカラですよ」
「ああ」

 清春はカップを左手のソーサーに戻した。佐江は、どういうつもりか、さっきからじっと清春を見ている。まるで見とれているかのようだ。

「佐江ちゃん?」
 コーヒーを注ぎなおしながら声をかけると、佐江ははっとしたように、

「ええ、真乃…あっ、キヨさん」

 と言いなおした。清春はむかっ腹が立って、目の前の女を困らせてやりたくなった。

「佐江ちゃん――昨日の話、どうする?」
「どの話です?」
「結婚のこと」

 清春は簡単に言った。
 佐江は、何も言わずにじっと清春の手元を見つめていた。

 ようやく口を開いたとき、ごくごく普通の声音で、清春の度肝を抜くようなことを言った。

「それについては、キヨさんと寝てみないと、なんとも言えませんね」
かたん、と清春の手の中でカップとソーサーが揺れた。
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