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第1章「ロンリーカナリア」
第6話「頼みこむほどの、女はいねえよ」
しおりを挟む親友、深沢洋輔(ふかざわようすけ)のマンションにやってきた清春は、部屋に入るなり、じろじろとあたりを見まわした。
「女、いないだろうな」
ダークスーツの上着を乱暴にソファに置いて、洋輔に尋ねる。洋輔は、シャワーを終えたばかりらしい身体にシャツを羽織り、煙草を吸っている。
「女? ついさっき帰ったよ。なんだ、おれの女関係をさぐりにきたのかよ?」
煙草をくわえてキッチンに向かう洋輔は、とにかく色っぽい。ボタンを開けたままのシャツから滲み出す、31歳の色気だ。
同性の清春が見とれるほどに濃厚な気配。
洋輔は、部屋の中で唯一きれいに片付いているキッチンに立った。
このキッチンには、洋輔は恋人である渡部真乃(わたべまの)以外の人間を入れない。酒のありかもカクテルグラスやシェイカー、バースプーンのありかも、すべてが洋輔の支配下にある。
小さな、とても小さな洋輔の楽園だ。
「何を飲むんだよ?」
洋輔が、あくび交じりに尋ねた。清春は、
「ブラックベルベッドを」
カクテルの名を告げられると、洋輔は老舗ホテルのバーテンダーらしく、滑らかな動きで冷蔵庫から黒ビールとシャンパンの小瓶を取り出した。半々の分量でピルスナーグラスに注ぐ。
清春は、キッチンカウンターの反対側で洋輔の手元を食い入るように見つめた。かつて清春は、どうしても洋輔に匹敵するバーテンダーになりたくて、その技術を盗もうとしたことがある。
今はもう、逆立ちしてもバーテンとしての洋輔にかなわないと納得しているのだが、それでもやはり、清春は、その華麗な手さばきを見つめてしまう。
ことり、とカウンターに柔らかい泡をかぶったカクテルが置かれる。清春は一口飲んで、正直に、うなった。
洋輔が作ると、ブラックベルベットの口あたりが、まさしくきめ細かいベルベットのようになる。
うまい。
何も言わずに酒を飲んでいる清春を、洋輔はゆったりと煙草を吸いながら、眺めていた。
「うまいだろ」
「うまいな。夜勤明けには、しみるよ」
「この酒が飲みたけりゃ、また、おれの部屋に住めよ。おっと、お前のマンションのほうが広いな。なにしろ、お坊ちゃまだから」
馬鹿いえ、と清春は苦笑した。
「あそこは、おれの稼ぎで買ったマンションだぜ。たかが知れている」
「小さくても、場所が良いだろ。いま売ったら、そうとうするんだろ?」
「さあな」
清春は残りの酒を飲む。金のことなど気にしたことがない。
「おまえが、真乃と住むって言うなら、あの部屋を貸すぜ」
さらりと清春が言うと、洋輔は露骨にイヤな顔をした。
「真乃とは一か月も会ってねえよ」
「アメリカ旅行中にケンカしたそうだな。理由はなんだ?」
「大したことじゃない。あいつ、定期的に間欠泉みたいに怒り出すからな」
清春は、洋輔の非の打ちどころのない美貌を見た。洋輔はにやりと笑い
「そのうちに、ケロッとして帰ってくるだろ――真乃から、連絡があったのか?」
最後の一言にだけ、ちらりと感情が込められていたと思うのは、清春の気のせいか。
「べつに」
清春もとぼけて、カウンターの煙草に手を伸ばした。洋輔は怪しむような顔をして
「なんだよ、それを言いに来たんじゃないのか」
「おれは、飲ませてくれって言っただけだろ? 真乃が、恋しいのか」
清春が煙草をくわえながらカマをかけると、洋輔はライターを放り投げて笑った。
「頼み込んで帰ってきてもらう必要は、ねえな。女は山ほどいる」
昼前の明るい部屋の中で、深沢洋輔は腹が立つほど美しかった。
『こいつに、父親になる気があるのかなどと尋ねるのは、愚問だ』
清春は苦い顔をする。
洋輔の腹が分かったところで、清春は部屋を出た。
今度は、真乃の腹の底を探って、本気で産むつもりか聞いてやらねばなるまい。
なにもかも、兄のつとめだ。
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