5 / 153
第1章「ロンリーカナリア」
第5話「この女とは、距離を取ったほうがいい。気が狂いそうだが」
しおりを挟む(beate bachmannによるPixabayからの画像 )
清春は品のよい仕立てのダークスーツ包んだ肩をすくめ、目の前の岡本佐江に答えた。
「ああ、きみが正直に話してくれれば、おれは、きみの味方見方になる。でも誤解しないでくれよ。きみの味方=真乃(まの)の味方じゃないからね」
「あたしにとっては、同じことです。あたしはいつだって真乃の味方ですから」
いつだって、100%、誰かの味方。
これほど真摯な愛情がこの世にあるとは、清春には信じがたかった。
清春はちらりと自分のつきあってきた女たちの顔を思い出す。それから女たちの顔と人数が合致しないのに気が付いて、うろたえた。
おれは、これまで抱いてきた女の数さえ覚えていない。
自分の寒々しさを突きつけられて、清春は不機嫌な顔になった。その清春に佐江は爆弾を落とす。
「真乃は、妊娠していますよ」
えっ、とさすがに清春も耳を疑った。佐江はくっきりした二重まぶたの視線を清春に据えて、淡々と言った。
「あなたの妹は、妊娠しているんです。きっと産みますよ。産むかどうかわからないと言っていましたけれど、あれはもう、産む気でしょう」
「……父親は、洋輔か」
脳裏に、親友である深沢洋輔(ふかざわようすけ)の色気したたる姿が浮かんだ。清春はきちんと整えた髪の毛にほっそりした長い指先を突っ込んだ。
——くそ、洋輔め。真乃を妊娠させるとは、いったい、何を考えている?
洋輔が避妊もしないで女を抱くとは、子供のころからの親友である清春には考えがたい。
何かある。何か、裏があるのではないだろうか?
眉をひそめて考え込む清春に、岡本佐江のおだやかな声が聞こえた。
「キヨさん、真乃を助けてください。あたしは真乃のためならどんなことでも、やります」
清春はちょっと唇をゆがめて笑った。
「佐江ちゃん、きみはおれを信用しすぎている。
だが、おれはきみの味方だ。きみが真乃を助けてくれと頼むなら、おれも手を尽くすよ」
佐江はにこりと笑った。
「信じます。キヨさんはいつだって、真乃を助けてくれましたから。今度も、きっと」
安心したような、何かを清春に預けきったような笑顔が、また清春のにごった欲情に火をつける。
火のついていない煙草をくわえて、考える。
『この女とは距離を取ったほうがいい。これまでどおりに』
そう思った次の瞬間、清春の耳に引潮のような音がみちあふれた。
これまで通りの距離をとれるか?
佐江と、明るい路上でキスをした後に。
甘やかな香りに、凶暴な渇きを惹起された後なのに。
「では、これで失礼いたします」
佐江は軽く頭を下げると、完璧な角度でスプリングコートの裾をひるがえし、去っていった。
清春は遠ざかってゆくほっそりした背中を食い入るように見つめる。
――むりだ。あのキスを、なかった事にはできない。
おさえこみ続けた恋情が、もう、こぼれ落ち始めている。
一瞬だけきつく目を閉じ、シルバーフレームの眼鏡をはずすとため息をついた。
これから、ろくでもない事を尋ねに、ろくでもない親友を急襲せねばならない。
清春は時計を見た。
午前11時。
老舗ホテル、コルヌイエのメインバーを仕切っている男をたたき起こすには、最適な時間だ。
電話をかける。
相手が出たとたん、清春は冷静な声で言った。
「15分で、そっちに行く。鍵を開けとけよ」
『そんな色っぽい提案、てめえからは聞きたかねえよ』
くくくっ、と深沢洋輔の艶めいたバリトンが耳に入ってきた瞬間、清春はもう、スマホを切ってダークスーツの胸ポケットに放り込んだ。
……半殺しにしてやる、あのバカ。おれの異母妹を、妊娠させるとは――。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる