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第参柱
第二十一伝 『妖かしの性質』
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いつにない葛葉の真剣な顔つきに、朔は目を瞬かせる。
次に葛葉から出てきた言葉は、朔の予想斜め上をいくものだった。
「なんで松山あんなモテんだよ。」
「・・・・は?」
思わず目が点になる。言葉の意味を理解するのに数秒要した。
朔がぽかんとしていると、葛葉はテーブルを『だんっ!』と叩きながら怒りを露わにする。
「おかしくね?同じ眼鏡なのに!」
眼鏡を掛ければモテるとでも思っているのか。もしそうなら皆が皆、こぞって眼鏡を掛ける事だろう。
朔は呆れを通り越して、げんなりした顔で言葉を返す。
「土台の問題だろ。他にも性格、人徳、問題点は山積みだよ。つーか眼鏡でもお前のはダサ眼鏡だからな。」
「やっぱこのダセー眼鏡が良くねぇのか。」
「前半聞いてた?まずその根暗キャラ設定が失敗だって言ってんだよ。」
葛葉は妖かしだとバレないようにしている為か、目立たない地味キャラでクラスに潜り込んでいる。そもそもそれがモテない要素だと指摘してやっているのに。全く聞いていない。
朔はハァとため息を漏らしながら更に言葉を続ける。
「つーかなんでお前にモテ願望があんだよ。妖かしだろ?人間相手にモテてどーすんだ。」
「モテねーよりモテた方が断然オトクだろ。」
「損得で考えんな。っていうかスマホのキャリア選びみたいな言い方すんな。そんなにモテたいなら記憶操作?ってやつで皆の記憶すり替えりゃいーじゃん。お前が好きだったーみたいな設定に。勿論眼鏡外して。」
クラスに潜り込めたのは妖かしの能力、“記憶操作”によるもの。なら今回もチョチョイと操作して皆の記憶を書き換えてやれば良いのでは。
好き、とまで思わせなくとも、せめてその根暗キャラを脱すれば現状が変わるのでは、と考える。
だがそれに対して葛葉は口を尖らせ、キッと朔を睨む。
「お前のせいで力無くなってんだって。記憶操作出来る程の妖力がねーよ。」
「知らんがな。」
興味ない。そしてどうでもいい。
しかも自分のせいにされている事にイラッとくる。
朔は葛葉を無視してパンとサラダをモシャモシャと食べる。
真面目に取り合ってもらえない事に、葛葉はムキーッとなって掛けていた眼鏡をテーブルへと叩き付けた。
「だーもう!こんな眼鏡掛けんじゃなかったぜ!」
朔が呆れた顔で葛葉を眺めていると、突如朔の背後で女子の声が上がった。
「え?もしかして葛葉?」
「ん?」
女子の声を聞いて思わずそちらに目を向ける二人。そこには驚いた表情を浮かべる派手系女子が三人、葛葉を眺めていた。女子達は葛葉の傍に近寄って来て彼の肩をポンポン叩く。
「なに。眼鏡外したらフツーにイケメンじゃん!」
「コンタクトにしなよ~。」
キャイキャイと盛り上がる女子達を前に、葛葉はご満悦の様子。暫くの間、楽しそうに女子達と喋り、女子達がその場を後にすると、朔へと満面の笑みを向けた。
「悪ィ。なんかフツーにモテそうだわ。」
「・・・・・。」
何たる不公平か。
朔にモテ願望がないとはいえ、あまりの理不尽さに苛立ちを覚えた。
◇◇◇◇◇
放課後。
この日はバイトのシフトを入れているものの、二十時からの勤務。その為、一度寮に帰って晩ご飯を食べてからバイト先に赴く予定だ。
寮への帰路、朔の背後には葛葉がいる。別に尾行されているわけではない。だが背後をピタリとつけられると気になるものがあり、朔は思わず振り返った。
「なんでついて来んだよ。」
「同じ寮で暮らしてんだから仕方ねーだろ。んな事言うならお前が俺の後ろを歩け。」
「・・・・・。」
親指をくいっと立てて自らの後方を指差す葛葉。これには返す言葉がない。葛葉の言う事は最もだ。今回葛葉は、たまたま朔の後ろを歩いていたにすぎないのだ。
朔が何とも言えない表情で佇んでいると、葛葉は朔の傍へと歩み寄り、ニヤリと微笑を浮かべた。
「お前、俺がモテてひがんでんだろ。男の嫉妬はみっともねーぞ。」
「ひがんでねーよ!別に羨ましくも何ともねぇし!」
朔にモテ願望はない。故にこの言葉に嘘偽りはないのだが、何だか癪な気持ちにかられているのは確かだ。
葛葉はニタニタ笑いながら朔の顔を覗きこんでくる。
朔は葛葉の顔を睨み返した。そして改めて葛葉の顔を見て、彼も容姿が整っている事に気付く。
(でも、よくよく見ればコイツもフツーにイケメンなんだよな。腹立つ事に。)
自分の周りのイケメン率、高くないか?
その事に何とも言えない気持ちになる。周りが優良物件ばかりだと自分が比較対象となってしまい、ただの引き立て役となってしまう。いくらモテ願望がないとはいえ、それは御免だ。
朔が葛葉を睨んでいると、葛葉は朔の心情を読み取ったのか、まんざらでもない微笑を浮かべて朔の背をバンバンと叩く。
「まぁまぁ。俺の美フェイスに嫉妬する気持ちは分かるけど。」
「自分で言うなナルシスト。」
「それは半分冗談として。」
「半分は本気なのかよナルシスト。」
「元々、妖かしには人に好かれる性質があんだよ。」
「人に好かれる性質?」
真面目に言葉を返す葛葉を見て、朔もその表情を改める。先程までの冗談とは違うと分かったのだ。朔の返しを聞いて、葛葉は言葉を続ける。
「正確に言やぁ人を魅了する本質があるって事だな。」
「ああ、取り入る、的な?」
「まぁ人間から言わせりゃそうだろうな。」
葛葉の言葉には納得のいくものがある。
“妖かし”や“妖怪”という言葉には“妖”の字が用いられている。それは妖艶、妖姿媚態といった言葉とも結びつく。人を騙すにはその人物に取り入る事が必要だ。人間同士でも結婚詐欺なんかはこれに該当するだろう。
持って生まれた性質、本質。それが妖かしたる所以だ。
葛葉の話を聞き、朔はふと何かに気付いたようにハッとなる。その表情の変化を見た葛葉は言葉を止めた。
そして朔は顎に手を当てながら眉根を寄せて、思い浮かんだ見解を口にする。
「…って事は、もしかして松山とか霧島も・・・・?」
「モテる奴みんなが妖かしって意味じゃねーよ。お前がモテない理由を妖かしのせいにすんじゃねぇ。」
何を言い出すかと思えば。
またコイツは天然を発揮すんのか。
葛葉も朔の天然具合に少し慣れてきた。それ以上は深くツッコまず、葛葉は言葉を続ける。
「勿論、全部の妖かしが魅了気質じゃねぇけどな。」
「あぁ~、河童の河太朗みたいに魅了出来ないヤツもいるよな。」
「お前ストレートに失礼だな。」
朔の言葉には葛葉が肝を冷やす。河太朗が聞いていたら何と言うだろうか。玖李ならまだしも、河太朗は河童の頭領、大妖怪だ。葛葉ですら足元にも及ばない大御所。今この近くに河童の一族やその眷属はいないようだが、葛葉は念の為、フォローするような言葉を補う。
「人を魅了するか、人から恐れられるかの両極って事な。」
「なるほど。」
辻川沼で河太朗と対峙した際、ピリピリとした威圧感を感じた。それは脅威だったのだろう。天狗や鬼は特に恐ろしいイメージがある。日本古来の伝承を辿ってみても、そうなのではないだろうか。桃太郎の話では“鬼退治”が題材とされていたり、“天狗攫い”と言われる事象があったり。むしろ妖かしは恐ろしいイメージの方が強いかもしれない。
(※ 天狗攫い・天狗隠し:江戸時代、子供が消息を絶つ原因は天狗とされていた。)
そんな風に二人で話しながら歩いていると、背後から大声で呼び止められる。
「そこの君、止まりなさい!」
「!」
(この声は…!)
聞き覚えのある声。つい先日聞いた女の声だ。
朔の胸はざわめく。動揺を隠しながらも朔が振り返ると、そこには双葉と対峙した神の従者の男女、師走と水無が立っていた。
次に葛葉から出てきた言葉は、朔の予想斜め上をいくものだった。
「なんで松山あんなモテんだよ。」
「・・・・は?」
思わず目が点になる。言葉の意味を理解するのに数秒要した。
朔がぽかんとしていると、葛葉はテーブルを『だんっ!』と叩きながら怒りを露わにする。
「おかしくね?同じ眼鏡なのに!」
眼鏡を掛ければモテるとでも思っているのか。もしそうなら皆が皆、こぞって眼鏡を掛ける事だろう。
朔は呆れを通り越して、げんなりした顔で言葉を返す。
「土台の問題だろ。他にも性格、人徳、問題点は山積みだよ。つーか眼鏡でもお前のはダサ眼鏡だからな。」
「やっぱこのダセー眼鏡が良くねぇのか。」
「前半聞いてた?まずその根暗キャラ設定が失敗だって言ってんだよ。」
葛葉は妖かしだとバレないようにしている為か、目立たない地味キャラでクラスに潜り込んでいる。そもそもそれがモテない要素だと指摘してやっているのに。全く聞いていない。
朔はハァとため息を漏らしながら更に言葉を続ける。
「つーかなんでお前にモテ願望があんだよ。妖かしだろ?人間相手にモテてどーすんだ。」
「モテねーよりモテた方が断然オトクだろ。」
「損得で考えんな。っていうかスマホのキャリア選びみたいな言い方すんな。そんなにモテたいなら記憶操作?ってやつで皆の記憶すり替えりゃいーじゃん。お前が好きだったーみたいな設定に。勿論眼鏡外して。」
クラスに潜り込めたのは妖かしの能力、“記憶操作”によるもの。なら今回もチョチョイと操作して皆の記憶を書き換えてやれば良いのでは。
好き、とまで思わせなくとも、せめてその根暗キャラを脱すれば現状が変わるのでは、と考える。
だがそれに対して葛葉は口を尖らせ、キッと朔を睨む。
「お前のせいで力無くなってんだって。記憶操作出来る程の妖力がねーよ。」
「知らんがな。」
興味ない。そしてどうでもいい。
しかも自分のせいにされている事にイラッとくる。
朔は葛葉を無視してパンとサラダをモシャモシャと食べる。
真面目に取り合ってもらえない事に、葛葉はムキーッとなって掛けていた眼鏡をテーブルへと叩き付けた。
「だーもう!こんな眼鏡掛けんじゃなかったぜ!」
朔が呆れた顔で葛葉を眺めていると、突如朔の背後で女子の声が上がった。
「え?もしかして葛葉?」
「ん?」
女子の声を聞いて思わずそちらに目を向ける二人。そこには驚いた表情を浮かべる派手系女子が三人、葛葉を眺めていた。女子達は葛葉の傍に近寄って来て彼の肩をポンポン叩く。
「なに。眼鏡外したらフツーにイケメンじゃん!」
「コンタクトにしなよ~。」
キャイキャイと盛り上がる女子達を前に、葛葉はご満悦の様子。暫くの間、楽しそうに女子達と喋り、女子達がその場を後にすると、朔へと満面の笑みを向けた。
「悪ィ。なんかフツーにモテそうだわ。」
「・・・・・。」
何たる不公平か。
朔にモテ願望がないとはいえ、あまりの理不尽さに苛立ちを覚えた。
◇◇◇◇◇
放課後。
この日はバイトのシフトを入れているものの、二十時からの勤務。その為、一度寮に帰って晩ご飯を食べてからバイト先に赴く予定だ。
寮への帰路、朔の背後には葛葉がいる。別に尾行されているわけではない。だが背後をピタリとつけられると気になるものがあり、朔は思わず振り返った。
「なんでついて来んだよ。」
「同じ寮で暮らしてんだから仕方ねーだろ。んな事言うならお前が俺の後ろを歩け。」
「・・・・・。」
親指をくいっと立てて自らの後方を指差す葛葉。これには返す言葉がない。葛葉の言う事は最もだ。今回葛葉は、たまたま朔の後ろを歩いていたにすぎないのだ。
朔が何とも言えない表情で佇んでいると、葛葉は朔の傍へと歩み寄り、ニヤリと微笑を浮かべた。
「お前、俺がモテてひがんでんだろ。男の嫉妬はみっともねーぞ。」
「ひがんでねーよ!別に羨ましくも何ともねぇし!」
朔にモテ願望はない。故にこの言葉に嘘偽りはないのだが、何だか癪な気持ちにかられているのは確かだ。
葛葉はニタニタ笑いながら朔の顔を覗きこんでくる。
朔は葛葉の顔を睨み返した。そして改めて葛葉の顔を見て、彼も容姿が整っている事に気付く。
(でも、よくよく見ればコイツもフツーにイケメンなんだよな。腹立つ事に。)
自分の周りのイケメン率、高くないか?
その事に何とも言えない気持ちになる。周りが優良物件ばかりだと自分が比較対象となってしまい、ただの引き立て役となってしまう。いくらモテ願望がないとはいえ、それは御免だ。
朔が葛葉を睨んでいると、葛葉は朔の心情を読み取ったのか、まんざらでもない微笑を浮かべて朔の背をバンバンと叩く。
「まぁまぁ。俺の美フェイスに嫉妬する気持ちは分かるけど。」
「自分で言うなナルシスト。」
「それは半分冗談として。」
「半分は本気なのかよナルシスト。」
「元々、妖かしには人に好かれる性質があんだよ。」
「人に好かれる性質?」
真面目に言葉を返す葛葉を見て、朔もその表情を改める。先程までの冗談とは違うと分かったのだ。朔の返しを聞いて、葛葉は言葉を続ける。
「正確に言やぁ人を魅了する本質があるって事だな。」
「ああ、取り入る、的な?」
「まぁ人間から言わせりゃそうだろうな。」
葛葉の言葉には納得のいくものがある。
“妖かし”や“妖怪”という言葉には“妖”の字が用いられている。それは妖艶、妖姿媚態といった言葉とも結びつく。人を騙すにはその人物に取り入る事が必要だ。人間同士でも結婚詐欺なんかはこれに該当するだろう。
持って生まれた性質、本質。それが妖かしたる所以だ。
葛葉の話を聞き、朔はふと何かに気付いたようにハッとなる。その表情の変化を見た葛葉は言葉を止めた。
そして朔は顎に手を当てながら眉根を寄せて、思い浮かんだ見解を口にする。
「…って事は、もしかして松山とか霧島も・・・・?」
「モテる奴みんなが妖かしって意味じゃねーよ。お前がモテない理由を妖かしのせいにすんじゃねぇ。」
何を言い出すかと思えば。
またコイツは天然を発揮すんのか。
葛葉も朔の天然具合に少し慣れてきた。それ以上は深くツッコまず、葛葉は言葉を続ける。
「勿論、全部の妖かしが魅了気質じゃねぇけどな。」
「あぁ~、河童の河太朗みたいに魅了出来ないヤツもいるよな。」
「お前ストレートに失礼だな。」
朔の言葉には葛葉が肝を冷やす。河太朗が聞いていたら何と言うだろうか。玖李ならまだしも、河太朗は河童の頭領、大妖怪だ。葛葉ですら足元にも及ばない大御所。今この近くに河童の一族やその眷属はいないようだが、葛葉は念の為、フォローするような言葉を補う。
「人を魅了するか、人から恐れられるかの両極って事な。」
「なるほど。」
辻川沼で河太朗と対峙した際、ピリピリとした威圧感を感じた。それは脅威だったのだろう。天狗や鬼は特に恐ろしいイメージがある。日本古来の伝承を辿ってみても、そうなのではないだろうか。桃太郎の話では“鬼退治”が題材とされていたり、“天狗攫い”と言われる事象があったり。むしろ妖かしは恐ろしいイメージの方が強いかもしれない。
(※ 天狗攫い・天狗隠し:江戸時代、子供が消息を絶つ原因は天狗とされていた。)
そんな風に二人で話しながら歩いていると、背後から大声で呼び止められる。
「そこの君、止まりなさい!」
「!」
(この声は…!)
聞き覚えのある声。つい先日聞いた女の声だ。
朔の胸はざわめく。動揺を隠しながらも朔が振り返ると、そこには双葉と対峙した神の従者の男女、師走と水無が立っていた。
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