妖かし行脚

柚木 小枝

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第壱柱

第三伝 『住む世界の違う人』

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突如現れた闇夜を駆ける男。自分の目の前に降り立ったかと思えば、いきなりの臨戦態勢。何が何だか分からない。炎の塊を掲げられて、朔は腰を抜かしてしまう。


「ヒィッ!」

(なんだコイツ…!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!)


朔は地に這いつくばりながらもなんとか後ずさる。だがそんなものは焼け石に水。男にとっては虫を追い掛けるよりも容易い。男はニヤリと笑みを浮かべ、炎を手にしながら朔にジリジリと歩み寄る。


(なんだよ、何なんだよ!一体俺が何したって言うんだよ!!俺、何か悪い事したか?だろ!宝くじに当たったわけでもねぇってのに…何で…っ!!)


三億円が当たると不幸になるとも言われているが、三億当たるどころか、宝くじを買ってすらいない。何か悪さを働いていたわけでもない。
まぁそれらは何の因果関係もないのだが、そういった “運を使い果たした” だとか “罰が当たった” 等の事象に思い当たるものは何一つなかった。これまで真っ当に生きてきた。

だが今この場はどう見ても絶対絶命のピンチ。
こういう時、走馬灯が流れるというが、本当のようである。朔の脳裏にもそれらしき様々な記憶、思い出が駆け抜けて行った。
だがそれは、どれもろくでもない思い出ばかり。いや、思い出ならまだ良い。友達に漫画借りたまんまだったなとか、昨日の晩ご飯はケチらず唐揚げも買っておけば良かったなとか。本当にどうでも良い事ばかりが脳内を過る。

朔が何を考えているのか等 知る由もない男は、ゆっくりと、だが着実に近付いてくる。
もうどうしようもないと思い、深く目を瞑ったその時、朔の横を何かが掠めた。そして次の瞬間、男の呻き声が届く。


「ぐっ!!」
「え?」


正直、が掠めた事には気付かなかった。覚悟を決めても何も起こらない事を不思議に思い、朔は恐る恐る目を開ける。すると眼の前にあったはずの炎は消え、男は眉を寄せて歯噛みしていた。


「チィッ!…水じゃあ相性悪いな。」


男は舌打ちしてその場から立ち去る。朔は何が何だか分からず、男の背中を見送った。すると朔の背後から聞き覚えのある声が飛び交う。


「待ちなさい!!」


声を聞いてビクリとなる朔。振り返ると、そこには同じクラスの黒髪美少女がお札のような紙を構えて立っていた。
唖然として目を見開く朔の姿に気付き、女子は朔を一瞥した後、男を追うのをやめた。


「・・・・っ。」


そしてふと辺りが明るい事に気付く。近くの木に先程の男が放ったであろう火が引火していた。慌てる朔に対し、女子は至って冷静な態度で手に持っていたお札のような紙、“護符”を放つ。すると護符から水が溢れ、辺りの火を沈下させた。


(水??)


どういう原理で水を発生させているのかは分からない。一体何が起こっているのか。状況を飲み込めない朔だったが、これだけは分かった。


(…ホントに住む世界の違う人だった…。)


今朝はただ単に高嶺の花と思っただけ。だが今は違う。本当に世界が違う。関わってはいけな人だ。普通じゃない。下手に絡まれるよりも先にこの場を退散した方が良いのではないだろうか。
そう思い、そっとその場から立ち去ろうとする。だがそれよりも先に女子が朔に目を向けて言葉を掛けた。


「大丈夫?」
「えっ?あ、いや、その…、はい。かすり傷ぐらいで。」


ハハハ。乾いた笑いしか出てこない。とりあえず困った時は笑っとけ。自分に敵意がない事を表現する。そんな朔を見て幻滅したのか、呆れたのか。女子は一つ息を吐いて言葉を紡ぐ。


「どういう経緯か知らないけど、関わらない方が身の為よ。」

(好きで関わったんじゃねーよ!)


思わず心の中でツッコんでしまった。完全なる貰い事故である。朔に非はない。その事を告げたい気持ちは山々だが、言う度胸もない。朔が何とも言えずに言葉に詰まらせていると、女子は小首を傾げる。それを見た朔は慌てて取り繕った。


「あ、はい!大丈夫っす!関わるつもり毛頭ないんで!何も訊きません!」
「…そう。巻き込んで悪かったわ。」


最後は本当に少し申し訳なさそうに。軽く会釈して背を向けようとする女子に、朔の気持ちは少し揺らぐ。次の瞬間には考えるよりも先に言葉が口をついていた。


「…あの!」
「?」


声を掛けられて再び振り返る女子。女子の顔を見て朔は思わず目を逸らす。意識しているわけではないが、やはり美人には慣れない。それに次に発する言葉に対する照れ臭さもあった。朔は頭を掻きながら言葉を押し出す。


「えっと、朝もそうだけど、助けてくれて有難う…ございました。」


そういえばきちんとお礼を言っていなかった。二度も助けられた。朝のアレはまぁ良いとしても、先程の出来事は命に関わっていたかもしれないのだ。このまま帰るのは人としてどうかと思ったのである。だが朔の言葉を聞いた女子は頷くでも謙遜するでもなく、不思議そうな顔を浮かべる。


「?朝?」
「学校までの道のりを…。」
「…あぁ、あの時の。」

(どんだけモブ扱いだァァァァァ!!記憶になさすぎだろ!今朝の話だぞ!つーか同じクラスで自己紹介もしただろうが!!)


すっかり忘れられていた。いや、忘れられていたのか、そもそも覚えられていないのか。かなり微妙なところであるが、それは問題ではない。折角意を決して礼を述べたのに台無しではないか。むしろ言わなきゃ良かった、ぐらいの気持ちになった。

朔は沸々と沸き上がるものがあるものの、ぐっとこらえて下唇を噛む。睨み倒す朔に、女子は少し困った顔を浮かべた。それを見て朔も我に返る。


「?」
「いや!何でもないっす!」


本当に悪気はなかったようだ。そんな彼女に追及するのもどうかと思い、怒りは心の内へと治める事にした。
気を取り直し、『とにかく関わらない方が身の為って事だな。』そう思った朔は作り笑いを浮かべて女子へと背を向ける。


「じゃ、俺はこれで…。」
「待って。」
「な、何か…?」


呼び止められて振り返る朔。関わらない方が身の為だと言ったのに、何なんだ。そんな本音を隠しながら朔は次の言葉を待つ。構える朔だったが、次には朔が想定していない言葉が発せられた。


「ここから家は近いの?」
「え?」


思ってもみない言葉に、朔は思わず目を丸くする。その言葉を理解するのに数秒の時間を要した。朔が目を瞬かせていると、その言葉の詳しい説明を行なうかのように女子が補足する。


「多分、今日はもう さっきのヤツが襲って来る事はないと思うけど。念の為、送って行きましょうか?」
「!」


なんだ、意外と良い奴じゃん。素直な感想を心の中で反復させる。というか男前すぎるだろ。その発言に頬を染めてしまいそうになった。
本音を言えば先程みたいな事件に巻き込まれるのはゴメンだし、怖くないと言えば嘘になる。だが流石に女の子に送ってもらうのは男としてのメンツが許さない。いや、それ以上にこれ以上迷惑を掛けたくないと思った。朔は平常心に戻って言葉を返す。


「いや、こっから歩いてすぐの距離だから大丈夫。逆に大丈夫?女の子の夜道の一人歩きは…。」
「大丈夫。慣れてるから。」
「そうっすか。」


一刀両断だった。
最後まで発言さえさせてもらえなかった。その事に朔は潔く引き下がるしかない。まぁ元より深入りする気もないし、女子の言葉をそのまま受け取る事にした。


「じゃあ気を付けてね。」
「有難う。」


そうして朔は今度こそ家路に着き、無事に帰宅。
長い一日を何とか終えた。



◇◇◇◇◇


翌日。
今日は忘れずにスマホを持って登校。道も間違えずに最短ルートを歩む。そうして学校に着き、教室の扉を開けた。
昨日声を掛けてくれた霧島の姿を探してみる。すると教室の中央辺りで何人かの男子が集まっている輪の中心にその姿を見付けた。


「おい、霧島!今週号のジャンピング読んだ?」
「あっ!買い忘れた!」
「じゃあ貸してやるよ。」
「サンキュー!」


キラキラと輝かしいグループ。体育会系のモテ系グループの中心にいる。
とてもじゃないが声を掛けれる雰囲気ではない。


(どう考えても同じグループじゃないよな。仮に昨日LINE交換してても仲良くはなれなかっただろうな。)


そう思うと、昨日無理にアドレス交換をしなくて良かったとさえ思えた。
そうして朔は教室へと足を踏み入れる。そこで“何か”の違和感に気付き、その“違和感”へと目を向けた。


「ん?」

(ここ、机あったっけ?)


一番後ろの列は、確か廊下側は一つ分席がなかったような…。
そんな気がしたが正直記憶は曖昧だ。ただでさえ入ったばかりで分からない事だらけなのに。昨日は色々な事がありすぎた。自分の記憶に自信がない。
自分が転入した事で増やしたのだろうか。そんな風に思う事にした。


◇◇◇◇◇


朝のホームルームが始まり、担任の藤原が出欠確認を行なう。


「今日の欠席は如月キサラギだけだな。」


見ると昨日色々と世話になった黒髪美少女の席が空いている。どうやら彼女は欠席らしい。


(あの子、如月っていうのか。)


そういえば名前すら聞いていなかったな、そんな事を考える。だがそれと同時に別の考えが頭を過った。


(…つーか欠席?大丈夫か?あの後何かあったとか?)


考え出すと背筋が冷たくなってくる。罪悪感も芽生えそうだ。朔はフルフルと頭を振って考え直す。


(…いや、考えるな。俺には関係ないし。つーか本人に首突っ込むなって言われたし。)


気になる気持ちと、関わりたくない気持ちとが入り混じる。だがいずれにせよ、ここで何を考えても答えは出ない。
モヤモヤを抱えつつも、その事は一度置いておき、ひとまず授業に集中する事にした。
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