生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第五章 糺の森で

40 親の代の因果 3

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 「ところで、なぜ劉範は、アラマサに命じられて、漂の君をさらった、なんて言ったの?」
誰にともなく、迦具夜姫が尋ねた。
「私が拷問してあげた時。あの男、それはそれは嬉しそうに、白状したのよ?」

「それは、おぬしの拷問がなってなかったからで……」

「劉範は、華海親王の臣下だったそうです」
漂の君の姉君が話してくれたことを、ようやく沙醐は告げることができた。

「なに!」
「そうなの!?」
「ほええ」

三人の主人が、一斉に、色めき立った。大きく、沙醐は頷いた。

「主の華海親王の遺訓を継いだ劉範は、仲間の強盗どもと一緒になって、皇太后帝を襲いました。そして、どさくさに紛れて、漂の君をさらい、その罪を、主の敵・暁史……はもう、死んでいるから、その息子の、アラマサになすりつけたのです」

「なるほど!」
「沙醐、凄い!」
「ほえ……」

 称賛の声が飛ぶ。大いに、沙醐は気を良くした。

「劉範は、僧形でした。考えてみれば、出家した華海親王の臣下なら、僧であって、当たり前。答えは、最初から、我々の目の前にあったのです」

 ……一度、コレを言ってみたかった……。



 「だから、最初から言っているだろう!」
怒気に満ちた男の声が上がった。アラマサだ。こめかみに、太い血管が浮かび上がっている。
「劉範は、華海親王の臣下だった、って!」


 「大変! すぐに、彼女を探さなくちゃ!」
叫んで、迦具夜姫は、眉を顰めた。
「でも、なんで、劉範は、私の手管にひっかからなかったのよ? ナマイキな男ね。いいわ。次は、絶対、漂ちゃんの居所を聞き出してやる! 死なない程度に叩きのめしてね」

「その手はもう、だめじゃ。次は、妾が虫を遣わそう。痒いのがいいか、痛いのがいいか。つい、真実を口にしたくなるようなやつを……、」

「あら、ダメよ。ムシなんて」
ムチよりマシじゃ」

「二人とも、失敗してるからねえ」
のどかな声で、一睡がのたまった。
「迦具夜の拷問は、黒幕がアラマサだとミスリードされただけだったし、カワの虫は、アラマサをいぶりだせなかったし。ダメだね、二人とも」

「なんですって!」
「おぬしなぞ、生き須玉を千切ってくることしかできぬではないか!」

「そんなことないっ!」

「あるっ!」
「カワの言う通りっ!」

 珍しく、両姫君が、共闘態勢を見せた。だが、束の間のことだった。

「拷問よ!」
「虫じゃ!」

劉範に自白させる方法を巡って、再び、激しく対立する。

「カワと迦具夜が、マロの悪口を言った!」
今度はそれに、一睡も加わった。

 身を守る為、沙醐は、耳を塞いだ。

「きいいいいいいいいいっ」

 間一髪だった。金属を引っ掻くような一睡の泣き声が、蛍邸に轟いた。

 ぱたり。
 部屋の外で、力のない音がした。
 慌てて沙醐が御簾をめくると、廊に、師直が倒れていた。

「師直殿!」

 廊に出て、慌てて助け起こす。その間も、御簾の裡では、喧々諤々の論争……というか、大騒ぎが続いていた。

「今の落雷は……」
倒れ伏したまま、師直が、かろうじて尋ねる。
「落雷ではございませぬ。一睡殿です」

「いっすい……いや、それどころではない!」
師直は、自分を助け起こした沙醐の手を、じっとりとした手で握りしめた。
「大変じゃ、沙醐。劉範が、自害した」

「えっ!」

 漂の君略取の主犯について、劉範は、迦具夜に嘘の自白をした。彼は、アラマサに命じられたと「白状」したが、それは嘘だ。今は亡き主、華海親王の遺志を継いだのだ。

 そして、漂の君を、どこかに監禁し、自分は、検非違使に捕まってしまった。
 今まさに、主人たちが、囚われの漂の君を探し出す為に、隆範の口を割らせる方法を論議しているというのに、……、

 ……肝心の隆範が、自害。


 「附子ぶしじゃ。附子を隠し持っていたのじゃ」
震える声で、師直は言った。


 附子とは、トリカブトのことである。少量なら薬となるが、使い方によっては、猛毒となりうる。

 師直の父親は、検非違使別当だ。この情報は信頼できる。

 劉範が検非違使に捕縛されてから、すでにかなりの日数が経つ。猶予は、あまり残されていない。


「くそっ! 今、この時に……」
思わず品の悪い言葉が、口を突いて出た。

 沙醐は、立ち上がった。足元で、ごん、という大きな音がした。それまで、沙醐に支えられていた、師直の頭が、床に落ちたのだ。

 構わず、回廊から外へ飛び降りた。


「まあ! 師直殿!」

 百合根の叫び声が聞こえた。ちょうど来客用の茶菓を運んできたのだ。彼女は、思い切り床に頭をぶつけた師直に躓き、彼の上に、熱い茶をぶちまけた。






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