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生涯! 溂の味方!

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 「どこにあるんだよ、それ」
山道を歩きながら、溂はへばり気味だった。
「らつーー、としよりーーー、がんばれーーー」
ふわふわと先を飛びながら、変な節をつけて、七緒が歌っている。



 普段、パソコンにかじりついて生活している。
 時々、壱歩に言われて、ジャムなどを作ることが、あるにはある。
 それを七緒が、村の人に届ける。
 七緒は、フロレツァールの教えを、忠実に守っていた。彼が人間の言葉をしゃべることは、相変わらず、溂と二人だけの秘密だった。

 ジャムや保存食の注文は、壱歩を通じて、間欠的に入ってきた。
 つい先日も、金柑の甘露煮を作らされたばかりだ。
 おかげで、村に出ると、よく声をかけられるようになった。


 だが、七緒に言わせると、溂は、まだまだ、パソコンのやりすぎなんだそうだ。


 キーボードを叩いていると、しばしば、七緒が、邪魔をする。不健康だと、どこで覚えてきたのか、生意気なことを口走る。仕事だから仕方ないと言っても、邪魔をしに来る。羽をばたばたやられると、資料の書類が飛んでしまう。

 どうやら、かまってほしいらしかった。
 それで時々、仕事の切れ目などに、一緒に山歩きをするようになった。



 「としより、ってなんだよ。俺はまだ若い……」
ぶつぶつ言いながらも、やっぱちょっとアレだな、と思ってしまう。

 七尾の、早すぎる成長は止まった。ここからの成長の速度は、人間と同じだ。
 七緒との年齢差は、干支で1回りほどで確定してしまった。この差は、気力と鍛錬で埋めるしかない。



 「あれ!」
頭上を飛んでいた七緒が、突然叫んで舞い降りてきた。
 羽を持ち上げ、高く伸びた樹の上を指し示す。

 メタセコイアの樹だった。今ではすっかり葉が落ちてしまっているが、左右対称の、きれいな樹形をしていることが見て取れた。
「あの枝先に、ほらっ!」
「あっ!」

そこには、こんもりと盛り上がったお椀のような形のものが、ちょこんと載っていた。木の枝や草や、そういうものでできているのか。小さくまとまった、鳥の巣だ。

「残念。お留守みたい」
「留守でよかったよ」

 カラスの巣なのだ。
 しょっちゅう庭に来て、我が物顔に歩きまわっている。黒くて大きいので、近寄りがたい。秋には、収穫寸前の柿や栗の実を、どれだけもっていかれたことか。

 「お前、本当に、を、カラスに?」
 恐る恐る、溂は尋ねた。

 大真面目で、七緒は頷いた。
「うん。とても感謝された」
「……」

 見上げる巣は、枯れ葉や枯れ枝でできているとしか見えない。しかし、そう言われると、なんとなく、禍々しい雰囲気が漂っているような気がする。

「あったかいー、ん、だってーーー!」
 しかし七緒は、歌うように言ってはしゃぐばかりである。
 そう言えばこの頃、七緒は、フロレツァールの歌ばかりではなく、人間の言葉でも、よく歌っている。

 溂は首を横に振った。
「お前、いつからカラスの友達に……」
「インコに襲われたのを助けてくれたあたりからかなあ」
「ああ……」

 そういえば、そんなこともあった。
 研究所から逃げ帰った七緒は、こめかみの辺りに血をにじませ、羽も抜け……。

 溂は身を震わせた。
「俺からも、カラス……さん? に、礼を言っといてくれ」
「わかったー」

「しかし」
再び溂は上を見上げる。
「所長のヅラがなあ……」

「うふ」
嬉しそうに七緒は笑った。
「カラスさんがあんまり喜ぶから、その後でね、貯めといたお宝もあげたの」
「お宝ねえ」
溂は納得がいかない。

「聞くの怖いけど……」
恐る恐る、聞いてみる。
「お前、溜め込んでたんだろ? そういう……敬介の髪の毛とか? カラスにあげなかったらどうするつもりだったんだ?」

 まさか、愛の巣?
 溂自身との?

 七緒は、きょとんとした顔をした。
「だって、敬介の髪を抜いてったろ?」
「あれは、」
憤然と七緒は答えた。
「溂と仲良くしようとするからだ。僕を除け者にして。髪を抜かれたのは、当然の報いだ」
「……」

「それなのに、ケースケは、溂に意地悪したろ? 僕がいなくなった途端、溂をイジメて」
「ケースケが? 俺に意地悪?」

 溂には、全く心当たりがない。
 ぶんぶんと、七緒は勢い良く、首を縦に振った。
「僕、窓の下から見てた。ケースケが意地悪言うから、溂、とっても悲しそうだった」

 きっと七緒は、窓枠の下に張り付いて、時折首を伸ばして部屋の中を覗き見ていたのだろう。その様子を想像し、溂は思わず、吹き出しそうになった。

「笑い事じゃない! ケースケは、悪いやつだ!」

 ……それにしても、俺が悲しそうだったって……。
 あの時、敬介は、何を言っていただろうか。
 フロレツァールの番いの話をして、それから……。

 ……長良先輩の話だ!
 記憶が蘇った。
 そうだ。長良先輩の結婚式の話だ!

 傍らでは、なおも、七緒がぷんすか、怒っている。
「大事な溂を、僕の溂を、ケースケが、いじめたからっ!」
「……それは違うと思うよ……」

 だが七緒は、きっぱりと断じた。
 「いいや。違わないっ!」

 ……こいつ、俺のこと、よく見ててくれたんだな。
 ……随分前から。
 胸が、きゅんとした。

 その一方で、敬介は、流血沙汰の惨事に遭遇したわけだ。残り少ない、貴重な財産を奪われるという……。
 少し、気の毒な気がした。

「……七緒。俺は、お前だけは、敵に回したくないと思うよ」
「大丈夫。世界中が敵に回っても、僕は溂の味方だから」
力強く七緒は答えた。
「たとえ、溂が間違っていても! 僕は、生涯! 溂の味方! だから!!」

「それは心強い……」

 さらっと言おうとした。
 でも溂は、涙が出そうになった。
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