80 / 82
Ⅳ
生涯! 溂の味方!
しおりを挟む
「どこにあるんだよ、それ」
山道を歩きながら、溂はへばり気味だった。
「らつーー、としよりーーー、がんばれーーー」
ふわふわと先を飛びながら、変な節をつけて、七緒が歌っている。
普段、パソコンにかじりついて生活している。
時々、壱歩に言われて、ジャムなどを作ることが、あるにはある。
それを七緒が、村の人に届ける。
七緒は、フロレツァールの教えを、忠実に守っていた。彼が人間の言葉をしゃべることは、相変わらず、溂と二人だけの秘密だった。
ジャムや保存食の注文は、壱歩を通じて、間欠的に入ってきた。
つい先日も、金柑の甘露煮を作らされたばかりだ。
おかげで、村に出ると、よく声をかけられるようになった。
だが、七緒に言わせると、溂は、まだまだ、パソコンのやりすぎなんだそうだ。
キーボードを叩いていると、しばしば、七緒が、邪魔をする。不健康だと、どこで覚えてきたのか、生意気なことを口走る。仕事だから仕方ないと言っても、邪魔をしに来る。羽をばたばたやられると、資料の書類が飛んでしまう。
どうやら、かまってほしいらしかった。
それで時々、仕事の切れ目などに、一緒に山歩きをするようになった。
「としより、ってなんだよ。俺はまだ若い……」
ぶつぶつ言いながらも、やっぱちょっとアレだな、と思ってしまう。
七尾の、早すぎる成長は止まった。ここからの成長の速度は、人間と同じだ。
七緒との年齢差は、干支で1回りほどで確定してしまった。この差は、気力と鍛錬で埋めるしかない。
「あれ!」
頭上を飛んでいた七緒が、突然叫んで舞い降りてきた。
羽を持ち上げ、高く伸びた樹の上を指し示す。
メタセコイアの樹だった。今ではすっかり葉が落ちてしまっているが、左右対称の、きれいな樹形をしていることが見て取れた。
「あの枝先に、ほらっ!」
「あっ!」
そこには、こんもりと盛り上がったお椀のような形のものが、ちょこんと載っていた。木の枝や草や、そういうものでできているのか。小さくまとまった、鳥の巣だ。
「残念。お留守みたい」
「留守でよかったよ」
カラスの巣なのだ。
しょっちゅう庭に来て、我が物顔に歩きまわっている。黒くて大きいので、近寄りがたい。秋には、収穫寸前の柿や栗の実を、どれだけもっていかれたことか。
「お前、本当に、あれを、カラスに?」
恐る恐る、溂は尋ねた。
大真面目で、七緒は頷いた。
「うん。とても感謝された」
「……」
見上げる巣は、枯れ葉や枯れ枝でできているとしか見えない。しかし、そう言われると、なんとなく、禍々しい雰囲気が漂っているような気がする。
「あったかいー、ん、だってーーー!」
しかし七緒は、歌うように言ってはしゃぐばかりである。
そう言えばこの頃、七緒は、フロレツァールの歌ばかりではなく、人間の言葉でも、よく歌っている。
溂は首を横に振った。
「お前、いつからカラスの友達に……」
「インコに襲われたのを助けてくれたあたりからかなあ」
「ああ……」
そういえば、そんなこともあった。
研究所から逃げ帰った七緒は、こめかみの辺りに血をにじませ、羽も抜け……。
溂は身を震わせた。
「俺からも、カラス……さん? に、礼を言っといてくれ」
「わかったー」
「しかし」
再び溂は上を見上げる。
「所長のヅラがなあ……」
「うふ」
嬉しそうに七緒は笑った。
「カラスさんがあんまり喜ぶから、その後でね、貯めといたお宝もあげたの」
「お宝ねえ」
溂は納得がいかない。
「聞くの怖いけど……」
恐る恐る、聞いてみる。
「お前、溜め込んでたんだろ? そういう……敬介の髪の毛とか? カラスにあげなかったらどうするつもりだったんだ?」
まさか、愛の巣?
溂自身との?
七緒は、きょとんとした顔をした。
「だって、敬介の髪を抜いてったろ?」
「あれは、」
憤然と七緒は答えた。
「溂と仲良くしようとするからだ。僕を除け者にして。髪を抜かれたのは、当然の報いだ」
「……」
「それなのに、ケースケは、溂に意地悪したろ? 僕がいなくなった途端、溂をイジメて」
「ケースケが? 俺に意地悪?」
溂には、全く心当たりがない。
ぶんぶんと、七緒は勢い良く、首を縦に振った。
「僕、窓の下から見てた。ケースケが意地悪言うから、溂、とっても悲しそうだった」
きっと七緒は、窓枠の下に張り付いて、時折首を伸ばして部屋の中を覗き見ていたのだろう。その様子を想像し、溂は思わず、吹き出しそうになった。
「笑い事じゃない! ケースケは、悪いやつだ!」
……それにしても、俺が悲しそうだったって……。
あの時、敬介は、何を言っていただろうか。
フロレツァールの番いの話をして、それから……。
……長良先輩の話だ!
記憶が蘇った。
そうだ。長良先輩の結婚式の話だ!
傍らでは、なおも、七緒がぷんすか、怒っている。
「大事な溂を、僕の溂を、ケースケが、いじめたからっ!」
「……それは違うと思うよ……」
だが七緒は、きっぱりと断じた。
「いいや。違わないっ!」
……こいつ、俺のこと、よく見ててくれたんだな。
……随分前から。
胸が、きゅんとした。
その一方で、敬介は、流血沙汰の惨事に遭遇したわけだ。残り少ない、貴重な財産を奪われるという……。
少し、気の毒な気がした。
「……七緒。俺は、お前だけは、敵に回したくないと思うよ」
「大丈夫。世界中が敵に回っても、僕は溂の味方だから」
力強く七緒は答えた。
「たとえ、溂が間違っていても! 僕は、生涯! 溂の味方! だから!!」
「それは心強い……」
さらっと言おうとした。
でも溂は、涙が出そうになった。
山道を歩きながら、溂はへばり気味だった。
「らつーー、としよりーーー、がんばれーーー」
ふわふわと先を飛びながら、変な節をつけて、七緒が歌っている。
普段、パソコンにかじりついて生活している。
時々、壱歩に言われて、ジャムなどを作ることが、あるにはある。
それを七緒が、村の人に届ける。
七緒は、フロレツァールの教えを、忠実に守っていた。彼が人間の言葉をしゃべることは、相変わらず、溂と二人だけの秘密だった。
ジャムや保存食の注文は、壱歩を通じて、間欠的に入ってきた。
つい先日も、金柑の甘露煮を作らされたばかりだ。
おかげで、村に出ると、よく声をかけられるようになった。
だが、七緒に言わせると、溂は、まだまだ、パソコンのやりすぎなんだそうだ。
キーボードを叩いていると、しばしば、七緒が、邪魔をする。不健康だと、どこで覚えてきたのか、生意気なことを口走る。仕事だから仕方ないと言っても、邪魔をしに来る。羽をばたばたやられると、資料の書類が飛んでしまう。
どうやら、かまってほしいらしかった。
それで時々、仕事の切れ目などに、一緒に山歩きをするようになった。
「としより、ってなんだよ。俺はまだ若い……」
ぶつぶつ言いながらも、やっぱちょっとアレだな、と思ってしまう。
七尾の、早すぎる成長は止まった。ここからの成長の速度は、人間と同じだ。
七緒との年齢差は、干支で1回りほどで確定してしまった。この差は、気力と鍛錬で埋めるしかない。
「あれ!」
頭上を飛んでいた七緒が、突然叫んで舞い降りてきた。
羽を持ち上げ、高く伸びた樹の上を指し示す。
メタセコイアの樹だった。今ではすっかり葉が落ちてしまっているが、左右対称の、きれいな樹形をしていることが見て取れた。
「あの枝先に、ほらっ!」
「あっ!」
そこには、こんもりと盛り上がったお椀のような形のものが、ちょこんと載っていた。木の枝や草や、そういうものでできているのか。小さくまとまった、鳥の巣だ。
「残念。お留守みたい」
「留守でよかったよ」
カラスの巣なのだ。
しょっちゅう庭に来て、我が物顔に歩きまわっている。黒くて大きいので、近寄りがたい。秋には、収穫寸前の柿や栗の実を、どれだけもっていかれたことか。
「お前、本当に、あれを、カラスに?」
恐る恐る、溂は尋ねた。
大真面目で、七緒は頷いた。
「うん。とても感謝された」
「……」
見上げる巣は、枯れ葉や枯れ枝でできているとしか見えない。しかし、そう言われると、なんとなく、禍々しい雰囲気が漂っているような気がする。
「あったかいー、ん、だってーーー!」
しかし七緒は、歌うように言ってはしゃぐばかりである。
そう言えばこの頃、七緒は、フロレツァールの歌ばかりではなく、人間の言葉でも、よく歌っている。
溂は首を横に振った。
「お前、いつからカラスの友達に……」
「インコに襲われたのを助けてくれたあたりからかなあ」
「ああ……」
そういえば、そんなこともあった。
研究所から逃げ帰った七緒は、こめかみの辺りに血をにじませ、羽も抜け……。
溂は身を震わせた。
「俺からも、カラス……さん? に、礼を言っといてくれ」
「わかったー」
「しかし」
再び溂は上を見上げる。
「所長のヅラがなあ……」
「うふ」
嬉しそうに七緒は笑った。
「カラスさんがあんまり喜ぶから、その後でね、貯めといたお宝もあげたの」
「お宝ねえ」
溂は納得がいかない。
「聞くの怖いけど……」
恐る恐る、聞いてみる。
「お前、溜め込んでたんだろ? そういう……敬介の髪の毛とか? カラスにあげなかったらどうするつもりだったんだ?」
まさか、愛の巣?
溂自身との?
七緒は、きょとんとした顔をした。
「だって、敬介の髪を抜いてったろ?」
「あれは、」
憤然と七緒は答えた。
「溂と仲良くしようとするからだ。僕を除け者にして。髪を抜かれたのは、当然の報いだ」
「……」
「それなのに、ケースケは、溂に意地悪したろ? 僕がいなくなった途端、溂をイジメて」
「ケースケが? 俺に意地悪?」
溂には、全く心当たりがない。
ぶんぶんと、七緒は勢い良く、首を縦に振った。
「僕、窓の下から見てた。ケースケが意地悪言うから、溂、とっても悲しそうだった」
きっと七緒は、窓枠の下に張り付いて、時折首を伸ばして部屋の中を覗き見ていたのだろう。その様子を想像し、溂は思わず、吹き出しそうになった。
「笑い事じゃない! ケースケは、悪いやつだ!」
……それにしても、俺が悲しそうだったって……。
あの時、敬介は、何を言っていただろうか。
フロレツァールの番いの話をして、それから……。
……長良先輩の話だ!
記憶が蘇った。
そうだ。長良先輩の結婚式の話だ!
傍らでは、なおも、七緒がぷんすか、怒っている。
「大事な溂を、僕の溂を、ケースケが、いじめたからっ!」
「……それは違うと思うよ……」
だが七緒は、きっぱりと断じた。
「いいや。違わないっ!」
……こいつ、俺のこと、よく見ててくれたんだな。
……随分前から。
胸が、きゅんとした。
その一方で、敬介は、流血沙汰の惨事に遭遇したわけだ。残り少ない、貴重な財産を奪われるという……。
少し、気の毒な気がした。
「……七緒。俺は、お前だけは、敵に回したくないと思うよ」
「大丈夫。世界中が敵に回っても、僕は溂の味方だから」
力強く七緒は答えた。
「たとえ、溂が間違っていても! 僕は、生涯! 溂の味方! だから!!」
「それは心強い……」
さらっと言おうとした。
でも溂は、涙が出そうになった。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました
あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。
一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。
21.03.10
ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。
21.05.06
なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。
21.05.19
最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。
最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。
最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。
23.08.16
適当な表紙をつけました
ハメカフェ[オタクセフレ希望・浜松の場合]
掌
BL
※pixivでの再録作品を大幅加筆修正して更新中です!※
性的なマッチングが可能な男性専用の出会い系喫茶「ハメカフェ」で、『オタクで受けでドマゾ』なセフレを欲しがる新卒サラリーマンで二次元オタクの浜松健太。今日も出逢いがないと嘆いていた所、アイドル事務所『ネビュラ』を好くアイドルオタク、池袋羽々寧と出逢う。
池袋から「君に恋をしたらセフレになる」と謎の交換条件を持ちかけられた浜松は池袋のミステリアスな魅力に惹かれ、半ば無理やり彼に振り回される日々を送ることに。
クールだが甘えたあざとい態度で接してくる池袋に、悔しさを感じつつも愛しさを抑えきれない浜松。そんな中『ネビュラ』所属のアイドルグループ、『トライステラ〈ヒエムス〉』のライブに浜松は池袋から誘われて──?
軽い性格の令和新卒リーマンがクーデレな年上院生に振り回される、ちょっと下品でエッチな『ズルさ』の詰まった面倒臭いラブコメディ。
何気ない奇跡の日々、それ即ち昼間の星々。
攻め:浜松健太(はままつけんた)/ 口達者でワガママ上手な要領のいい新卒サラリーマン。23歳
受け:池袋羽々寧(いけぶくろはばね)/ ゴス系を着こなすアイドルオタクのクーデレ大学院生。24歳
なにかありましたら(web拍手)
http://bit.ly/38kXFb0
Twitter垢・拍手返信はこちらから行っています
https://twitter.com/show1write
騎士調教~淫獄に堕ちた無垢の成れ果て~
ビビアン
BL
騎士服を溶かされ、地下牢に繋がれ、淫らな調教を受け続ける――
王の血を引きながらも王位継承権を放棄し、騎士として父や異母兄たちに忠誠を誓った誇り高い青年リオ。しかし革命によって王国は滅びてしまい、リオもまた囚われてしまう。
そんな彼の目の前に現れたのは、黒衣の魔術師アーネスト。
「革命の盟主から、お前についての一切合切を任されている。革命軍がお前に求める贖罪は……『妊娠』だ」
そして、長い雌化調教の日々が始まった。
※1日2回更新
※ほぼ全編エロ
※タグ欄に入りきらなかった特殊プレイ→拘束(分娩台、X字磔、宙吊りなど)、スパンキング(パドル、ハンド)、乳首開発、睡眠姦、ドスケベ衣装、近親相姦など
婚約破棄は計画的にご利用ください
Cleyera
BL
王太子の発表がされる夜会で、俺は立太子される第二王子殿下に、妹が婚約破棄を告げられる現場を見てしまった
第二王子殿下の婚約者は妹じゃないのを、殿下は知らないらしい
……どうしよう
:注意:
素人です
人外、獣人です、耳と尻尾のみ
エロ本番はないですが、匂わせる描写はあります
勢いで書いたので、ツッコミはご容赦ください
ざまぁできませんでした(´Д` ;)
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる