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Ⅳ
タクアン作り 2
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壱歩が、畝から突き出た葉の根元を持って、すぽんと抜く。
すぐに次の大根に取り掛かる。
また、すぽんと抜く。
負けじと溂も、目の前の大根を引っ張った。
「……あれ?」
かたい。というか、びくともしない。
「……えい、えい、この、」
力ずくで引っ張った。
「……あ」
土の中から、途中で折れて出てきた。
壱歩が見て、嘆いた。
「ああ、あ、下手だなあ。ダメじゃん」
「……すまん」
みどりさんが、手塩にかけて育てた大根だ。素直に溂は謝った。
「いきなり引っ張るからだ。いいかい。こうやって、最初に葉の根元を持って……」
ぐりぐりぐり。
畑に沈んだ大根を、壱歩が小さな円を描くように動かす。
「こうやってから、引っ張る」
すぽん。
大根は苦もなく抜けた。
「やってみる?」
「ああ」
言われたとおりにやると、多少、手応えはあったが、途中から、するりと抜けた。
「できた」
「そうだよ。あんた、意外と素直じゃん」
「意外で悪かったな」
中学生に褒められた。
でも、嬉しい。
それからは、おもしろいように、大根が抜ける。
溂は夢中になった。
……いや。
畝の真ん中編まで来て、はっと我に返った。
……何やってんだ、俺は。
そもそもは、壱歩に用があって来たんだった。
「おい」
壱歩に向き直り、溂は問い質した。
「お前、うちの保存食、持ち出しただろ」
「保存食?」
「ジャムとかピクルスとか甘露煮とか」
「ああ!」
畝の反対側で、壱歩が顔を上げた。
「だって、どうせ食べきれなくて捨てちまうんだろ? 七緒がそう言ってたぜ」
「七緒が! 言って!?」
「ゴミ捨て場に連れてかれたんだ。空の瓶と、中身が、大量に捨てられてたぜ」
「それは……」
溂は、食べることに、あまり執着がない。
作りはするが、瓶に保存したまま、古くなってしまうことも多かった。
「で、俺ら、起業したんだ」
「起業?」
「白い鳥宅配便。あなたの家まで、空飛ぶイケメンが、迅速配達承ります」
「……はあ?」
「七緒が配達すんの。みんな、喜んでたぜ?」
「おまっ、何を勝手に、」
「あれ? 七緒から聞いてない? 野添さんに断っといてねって、俺、あいつに言っておいたんだけど。ジャムやなんか貰ったことも」
「聞いていないっ!」
力いっぱい、溂は叫んだ。
……こいつ、七緒が口をきかないと思って……確信犯だ。
その上、七緒、七緒と、呼び捨てにしている。聞くたび、むかむかしていた。
壱歩は、にやりと笑った。
「あ、そっかー。しゃべんないもんね、あいつー。でも、そーゆーことだから。別に、いいだろ? どうせ、捨てちゃうんだから」
「よくないっ!」
「ばあちゃんにも参画してもらってるんだ。ばあちゃん初回参加は、たくあん漬け」
「ああ、それで……って、おい! なんだか知らないが、起業? 俺は、そんなの、知らんぞ。それから、七緒を巻き込むな!」
「野添さん」
壱歩が言った。ひどく真剣な声だ。
「あんた、このまま七緒を、家に閉じ込めておくつもり?」
溂はむっとした。そんなつもりは、毛頭ない。
「は? あいつは自由に外に出てるだろ?」
「初めてあいつに会った時、」
答えずに壱歩は、言った。大根の葉の根本を、ぎゅっと握る。
「あいつ、ちっちゃなガキだったんだぜ。それがあっという間に……」
突き出た大根の頭を、ぐりぐりと、力任せに回す。
「今じゃ、どう見たって、俺より年上だ。腹立つーーー」
今の七緒は、見た目、高校生くらいか。中学生の壱歩とでは、明らかな年齢差が生じている。
「しようがないだろ。成長が早かったんだ。フロレツァールだからな」
「かわいかったのにさ。最初。俺に弟がいたら、こんな感じだろうって思った」
「いや、君の弟なら、そこまで可愛くは……」
言いかけて、溂は止めた。
生意気で無愛想だが、壱歩は、それなりに整った目鼻立ちをしている。七緒には、到底かなわないが。
ぐりぐりやって、抜けそうに緩んだ大根を、壱歩は上からぎゅっと地中に押し付けた。
「最初はさ。あいつ、いつも楽しそうで。あんまり楽しそうなんで、時々、ムカついたけど。でもさ。この頃、らしくないよ。下向いてたり、歌わなくなったり」
「……七緒の歌、聞いたことあるのか?」
溂はまだ、一度も聞いたことがない。
「あるよ」
あっさりと壱歩は頷いた。
「楽しそうに歌うよ。楽曲聞かせて、これ頼む、って言えば、何でも歌ってくれるよ。すっごい楽しそうに。それが、今では、ちっとも歌わない。歌えって言って、耳にイヤホン突っ込んでも、怒ったみたいに足で引き抜きやがる」
「……」
「でも、今日の七緒、楽しそうだったろ?」
壱歩は溂の目を覗き込んだ。
「あいつ、笑ってたじゃん」
「ああ、笑ってたな」
「あんたがいたからだよ」
「俺がいたから?」
「そうだ。だから、野添さん。あんた、ジャムを作れ。香草入りの酢漬け……ピクルス? それも作れ」
「なんでそうなる!」
「それを七緒が配る。村の人は喜ぶ。あんたと一緒に働けて、七緒もハッピーだ」
「おおい、壱歩!」
畑の外から、声がした。
学生服姿の少年が手を振っている。
「てっちゃん!」
嬉しそうに壱歩が答えた。
「……壱歩。お前、友達、いたのか?」
「いるよ」
「だって……」
登校を拒否っていたのではなかったか。
学生服の少年は、肩幅が広く、がっしりとした体格だ。
「もしかして、イジメっ子とか?」
「違うよ。友達だよ。野添さん、あんたって、失礼な大人だなあ。あ、てっちゃん。今、行くから」
立ち上がって、体についた土を払っている。
「今行く……? 大根、どうするんだ」
「あと少しだから、野添さん、一人で頑張って。じゃ」
言い終わるなり、本当に、鳥が飛び立つように、畑の外へ走り出ていった。
学生服の少年と並んで、何事か熱心に話しながら、舗装された道の方へ歩いて行く。
すぐに次の大根に取り掛かる。
また、すぽんと抜く。
負けじと溂も、目の前の大根を引っ張った。
「……あれ?」
かたい。というか、びくともしない。
「……えい、えい、この、」
力ずくで引っ張った。
「……あ」
土の中から、途中で折れて出てきた。
壱歩が見て、嘆いた。
「ああ、あ、下手だなあ。ダメじゃん」
「……すまん」
みどりさんが、手塩にかけて育てた大根だ。素直に溂は謝った。
「いきなり引っ張るからだ。いいかい。こうやって、最初に葉の根元を持って……」
ぐりぐりぐり。
畑に沈んだ大根を、壱歩が小さな円を描くように動かす。
「こうやってから、引っ張る」
すぽん。
大根は苦もなく抜けた。
「やってみる?」
「ああ」
言われたとおりにやると、多少、手応えはあったが、途中から、するりと抜けた。
「できた」
「そうだよ。あんた、意外と素直じゃん」
「意外で悪かったな」
中学生に褒められた。
でも、嬉しい。
それからは、おもしろいように、大根が抜ける。
溂は夢中になった。
……いや。
畝の真ん中編まで来て、はっと我に返った。
……何やってんだ、俺は。
そもそもは、壱歩に用があって来たんだった。
「おい」
壱歩に向き直り、溂は問い質した。
「お前、うちの保存食、持ち出しただろ」
「保存食?」
「ジャムとかピクルスとか甘露煮とか」
「ああ!」
畝の反対側で、壱歩が顔を上げた。
「だって、どうせ食べきれなくて捨てちまうんだろ? 七緒がそう言ってたぜ」
「七緒が! 言って!?」
「ゴミ捨て場に連れてかれたんだ。空の瓶と、中身が、大量に捨てられてたぜ」
「それは……」
溂は、食べることに、あまり執着がない。
作りはするが、瓶に保存したまま、古くなってしまうことも多かった。
「で、俺ら、起業したんだ」
「起業?」
「白い鳥宅配便。あなたの家まで、空飛ぶイケメンが、迅速配達承ります」
「……はあ?」
「七緒が配達すんの。みんな、喜んでたぜ?」
「おまっ、何を勝手に、」
「あれ? 七緒から聞いてない? 野添さんに断っといてねって、俺、あいつに言っておいたんだけど。ジャムやなんか貰ったことも」
「聞いていないっ!」
力いっぱい、溂は叫んだ。
……こいつ、七緒が口をきかないと思って……確信犯だ。
その上、七緒、七緒と、呼び捨てにしている。聞くたび、むかむかしていた。
壱歩は、にやりと笑った。
「あ、そっかー。しゃべんないもんね、あいつー。でも、そーゆーことだから。別に、いいだろ? どうせ、捨てちゃうんだから」
「よくないっ!」
「ばあちゃんにも参画してもらってるんだ。ばあちゃん初回参加は、たくあん漬け」
「ああ、それで……って、おい! なんだか知らないが、起業? 俺は、そんなの、知らんぞ。それから、七緒を巻き込むな!」
「野添さん」
壱歩が言った。ひどく真剣な声だ。
「あんた、このまま七緒を、家に閉じ込めておくつもり?」
溂はむっとした。そんなつもりは、毛頭ない。
「は? あいつは自由に外に出てるだろ?」
「初めてあいつに会った時、」
答えずに壱歩は、言った。大根の葉の根本を、ぎゅっと握る。
「あいつ、ちっちゃなガキだったんだぜ。それがあっという間に……」
突き出た大根の頭を、ぐりぐりと、力任せに回す。
「今じゃ、どう見たって、俺より年上だ。腹立つーーー」
今の七緒は、見た目、高校生くらいか。中学生の壱歩とでは、明らかな年齢差が生じている。
「しようがないだろ。成長が早かったんだ。フロレツァールだからな」
「かわいかったのにさ。最初。俺に弟がいたら、こんな感じだろうって思った」
「いや、君の弟なら、そこまで可愛くは……」
言いかけて、溂は止めた。
生意気で無愛想だが、壱歩は、それなりに整った目鼻立ちをしている。七緒には、到底かなわないが。
ぐりぐりやって、抜けそうに緩んだ大根を、壱歩は上からぎゅっと地中に押し付けた。
「最初はさ。あいつ、いつも楽しそうで。あんまり楽しそうなんで、時々、ムカついたけど。でもさ。この頃、らしくないよ。下向いてたり、歌わなくなったり」
「……七緒の歌、聞いたことあるのか?」
溂はまだ、一度も聞いたことがない。
「あるよ」
あっさりと壱歩は頷いた。
「楽しそうに歌うよ。楽曲聞かせて、これ頼む、って言えば、何でも歌ってくれるよ。すっごい楽しそうに。それが、今では、ちっとも歌わない。歌えって言って、耳にイヤホン突っ込んでも、怒ったみたいに足で引き抜きやがる」
「……」
「でも、今日の七緒、楽しそうだったろ?」
壱歩は溂の目を覗き込んだ。
「あいつ、笑ってたじゃん」
「ああ、笑ってたな」
「あんたがいたからだよ」
「俺がいたから?」
「そうだ。だから、野添さん。あんた、ジャムを作れ。香草入りの酢漬け……ピクルス? それも作れ」
「なんでそうなる!」
「それを七緒が配る。村の人は喜ぶ。あんたと一緒に働けて、七緒もハッピーだ」
「おおい、壱歩!」
畑の外から、声がした。
学生服姿の少年が手を振っている。
「てっちゃん!」
嬉しそうに壱歩が答えた。
「……壱歩。お前、友達、いたのか?」
「いるよ」
「だって……」
登校を拒否っていたのではなかったか。
学生服の少年は、肩幅が広く、がっしりとした体格だ。
「もしかして、イジメっ子とか?」
「違うよ。友達だよ。野添さん、あんたって、失礼な大人だなあ。あ、てっちゃん。今、行くから」
立ち上がって、体についた土を払っている。
「今行く……? 大根、どうするんだ」
「あと少しだから、野添さん、一人で頑張って。じゃ」
言い終わるなり、本当に、鳥が飛び立つように、畑の外へ走り出ていった。
学生服の少年と並んで、何事か熱心に話しながら、舗装された道の方へ歩いて行く。
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