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Ⅲ
溂は寝相が悪い
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家に入り、明るい電灯の下で改めて七緒の姿を見て、溂は驚いた。
ぼろぼろ。
一言で言えば、今の七緒の姿は、まさに、ぼろ布のようだった。
直線にして、180キロを飛んできたのだ。
それは、大変なことなのだ。
「お前、あんなことしてる場合じゃなかっただろ」
思わず溂は怒鳴った。
「早く羽の手当をしなくちゃ……おい、顔にも傷ができてるじゃないか!」
「たいしたことない」
澄まして七緒が答える。
「だって、血が……」
こめかみに、うっすらと血が滲んでいる。
「ああ、これ」
羽の先で、ちょいと触って、七緒は笑った。
「インコの群れにやられた」
「インコ?」
「うん。気がついたら、回りを緑のインコに取り囲まれてて……僕が、邪魔だったみたい」
「インコって、南国の鳥じゃなかったっけ?」
「うん。ペットだった鳥が逃げ出して、集団になって、飛んでるんだよ。群れになると、あいつら、わりと凶暴だから。カラスでさえも手出ししないんだ。囲まれると、けっこう怖いよ」
「だって、今は11月だろ……?」
もう、充分に寒い。
「平気だよ。インコは、身を寄せ合って、冬を越すんだよ。だから、集団で暮らしてる」
「……それも、例のクラウドからダウンロードした知識か?」
「そうだよ」
けろりとして答えた。
消毒薬に浸した脱脂綿を持って、溂は七緒に近づいた。
「あっ、それ、いやっ! や! やだっ!」
もっと小さかった頃、転んで擦りむいた七緒の膝を、こうやって消毒してやった。
よほどしみたらしい。あの時も鳴き喚きながら、窓から外へ飛び出して行った。
さすがに今日は、窓から逃げはしなかったが、羽で顔を隠してしまった。そのまま、ぐいぐいと後ろに下がっていく。
「うーーー、消毒なんて必要ない! 自然にしてたら治る!」
「それはどこ情報だ?」
「溂、嫌い! あっち行け!」
「嫌いって言うな……」
その言葉の思いがけない破壊力に、溂は動揺した。
「嫌いは、いやだ……」
「溂?」
七緒は、顔を隠していた羽をどけた。心配そうに溂を見ている。
素早く、溂は、こめかみに、消毒薬を叩きつけた。
「うっ、痛っ! 溂、ひどい」
「ひどくない。化膿したら困るだろ。羽は、どうなんだ?」
「どこも怪我してないよ。風で煽られただけだ」
「少し抜けたか?」
七緒の後ろにまわり、羽を丁寧に撫でながら、溂はつぶやいた。
「風、強かったもんな……。迎えに行けばよかった」
「大丈夫だよ。すぐに生えてくるから」
「ごめんな。入れ違いになったらと思うと、不安で動けなかった」
「溂のいるところに帰ってくる」
はっきりと七緒は宣言した。
しっかりと溂の目を見つめてくる。
「僕は、いつだって、溂のいるところに帰るんだ」
「……もう寝ようか」
七緒の目線を躱すように、溂はうつむいた。
「お前も疲れてるだろう? 風呂は明日でいいから」
「溂も寝よ?」
「俺はまだ、やることがある」
「……なら、先に寝る」
七緒は、よほど疲れているようだった。小さな欠伸をした。
「後でちゃんと来て?」
「あ、ああ」
「明日の明け方は寒いよ。僕がいないと、溂、凍えるよ」
「お前、急に利口になったな」
「いつも利口だった」
歌うように七緒は言った。
「溂は寝相が悪い。溂には僕がいないと、ダメなんだ」
「そんなことはない……」
溂は言ったが、自信がなかった。
ぼろぼろ。
一言で言えば、今の七緒の姿は、まさに、ぼろ布のようだった。
直線にして、180キロを飛んできたのだ。
それは、大変なことなのだ。
「お前、あんなことしてる場合じゃなかっただろ」
思わず溂は怒鳴った。
「早く羽の手当をしなくちゃ……おい、顔にも傷ができてるじゃないか!」
「たいしたことない」
澄まして七緒が答える。
「だって、血が……」
こめかみに、うっすらと血が滲んでいる。
「ああ、これ」
羽の先で、ちょいと触って、七緒は笑った。
「インコの群れにやられた」
「インコ?」
「うん。気がついたら、回りを緑のインコに取り囲まれてて……僕が、邪魔だったみたい」
「インコって、南国の鳥じゃなかったっけ?」
「うん。ペットだった鳥が逃げ出して、集団になって、飛んでるんだよ。群れになると、あいつら、わりと凶暴だから。カラスでさえも手出ししないんだ。囲まれると、けっこう怖いよ」
「だって、今は11月だろ……?」
もう、充分に寒い。
「平気だよ。インコは、身を寄せ合って、冬を越すんだよ。だから、集団で暮らしてる」
「……それも、例のクラウドからダウンロードした知識か?」
「そうだよ」
けろりとして答えた。
消毒薬に浸した脱脂綿を持って、溂は七緒に近づいた。
「あっ、それ、いやっ! や! やだっ!」
もっと小さかった頃、転んで擦りむいた七緒の膝を、こうやって消毒してやった。
よほどしみたらしい。あの時も鳴き喚きながら、窓から外へ飛び出して行った。
さすがに今日は、窓から逃げはしなかったが、羽で顔を隠してしまった。そのまま、ぐいぐいと後ろに下がっていく。
「うーーー、消毒なんて必要ない! 自然にしてたら治る!」
「それはどこ情報だ?」
「溂、嫌い! あっち行け!」
「嫌いって言うな……」
その言葉の思いがけない破壊力に、溂は動揺した。
「嫌いは、いやだ……」
「溂?」
七緒は、顔を隠していた羽をどけた。心配そうに溂を見ている。
素早く、溂は、こめかみに、消毒薬を叩きつけた。
「うっ、痛っ! 溂、ひどい」
「ひどくない。化膿したら困るだろ。羽は、どうなんだ?」
「どこも怪我してないよ。風で煽られただけだ」
「少し抜けたか?」
七緒の後ろにまわり、羽を丁寧に撫でながら、溂はつぶやいた。
「風、強かったもんな……。迎えに行けばよかった」
「大丈夫だよ。すぐに生えてくるから」
「ごめんな。入れ違いになったらと思うと、不安で動けなかった」
「溂のいるところに帰ってくる」
はっきりと七緒は宣言した。
しっかりと溂の目を見つめてくる。
「僕は、いつだって、溂のいるところに帰るんだ」
「……もう寝ようか」
七緒の目線を躱すように、溂はうつむいた。
「お前も疲れてるだろう? 風呂は明日でいいから」
「溂も寝よ?」
「俺はまだ、やることがある」
「……なら、先に寝る」
七緒は、よほど疲れているようだった。小さな欠伸をした。
「後でちゃんと来て?」
「あ、ああ」
「明日の明け方は寒いよ。僕がいないと、溂、凍えるよ」
「お前、急に利口になったな」
「いつも利口だった」
歌うように七緒は言った。
「溂は寝相が悪い。溂には僕がいないと、ダメなんだ」
「そんなことはない……」
溂は言ったが、自信がなかった。
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