54 / 82
Ⅲ
見事なタッチ・アンド・ゴー
しおりを挟む「七緒は、どっちなんだ?」
「どっちとは?」
「ヒト遺伝子を組み込んだ実験卵から、生まれたのか。それとも、比較対象用の卵から生まれたフロレツァールか」
「わからない」
「わからない? わからないって、どういうことだ?」
「あいつ、試料を採らせてくれなかったんだよ。それどころか、近づくことさえできなかった。ひどく暴れて」
「お前ら、七緒に、薬を使ったんだろ?」
「それが……」
敬介は言いよどんだ。
「いざ、組織を採取しようとすると、不思議と目を覚まして大暴れするんだ。まるで魔法でも使ってたようだ。思った通りだ。やっぱりあいつは悪魔なんだ」
「勝手なことをぬかすな。まさか、ひどいことはしてないだろうな」
「どっちかというと、ひどい目に遭ったのは、うちの所員の方で……」
「今すぐ、迎えに行く」
きっぱりと溂は言った。
だが、スマホの向こうから、皮肉な声が聞こえた。
「必要ない。あいつなら、飛んでった。うちの所長の鬘を、鉤爪に引っ掛けて。見事なタッチ・アンド・ゴーだった」
「飛んでった? 所長の……ヅラ?」
研究所の所長が頭が、鬘だという噂は、溂がいた頃からあった。
だが、それが何だというのだ? 気にしなければいいのだ。実際、堂々としたスキンヘッドはかっこいいと思う。
所長のダメな点は、自分の頭髪が鬘だということを、ひた隠しにしてきたことだ。所員一同、とっくに気がついていたのに。
……その鬘を、七緒が、足に引っ掛けて?
「ああ。所長が騒ぐから、大騒ぎになった。そこへ何も知らない新人が入ってきて、」
彼女が閉め忘れた僅かな隙間から、七緒は、外へ逃げ出したという。
しばらくは、建物の中に潜んでいたらしい。そして、外部から来客があり、建物のセキュリティロックが解除された隙を衝いて、外へ飛んでいってしまった……。
「悪魔そのものの狡猾さだ。何度も聞くが、溂、お前、あいつにいったいどういう教育を施してきたんだ?」
「何も教えてないといったろ? 七緒は、自分の力で育ったんだ」
「本当に?」
「それで七緒は、いったい、どこへ飛んでったっていうんだ!」
「お前んとこじゃないの?」
「だって、研究所からうちまで、180キロはあるんだぞ」
「大丈夫だよ、悪魔なんだから。それより、あいつ、所長のヅラを持ってっちゃったんだが、あれ、どうするつもりだろう。前に俺の髪も抜いてったし。愛の巣でも作るつもりなのかな。お前との」
「バカを言うな!」
心底腹を立てて、溂は怒鳴った。
「それに、気持ち悪い。なんで愛の巣に、お前の髪の毛なんだよ。所長のヅラもっ!」
「……そこ」
「そこだ。あのな、敬介。お前、人のことより、自分の心配をした方がいい」
「俺の心配? なんで」
「事態は切迫している。家に電話を入れろ。お前、仕事を口実に、家事育児をないがしろにしてばかりいるだろ。この上、連絡せずに家を空け続けてたら、由実さんに離婚されるぞ」
「えっ!」
スマホから、慌てたふためく気配が伝わってきた。
敬介の泣き言を聞かされる前に、溂は通話を打ち切った。
0
お気に入りに追加
129
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました
あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。
一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。
21.03.10
ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。
21.05.06
なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。
21.05.19
最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。
最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。
最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。
23.08.16
適当な表紙をつけました
婚約破棄は計画的にご利用ください
Cleyera
BL
王太子の発表がされる夜会で、俺は立太子される第二王子殿下に、妹が婚約破棄を告げられる現場を見てしまった
第二王子殿下の婚約者は妹じゃないのを、殿下は知らないらしい
……どうしよう
:注意:
素人です
人外、獣人です、耳と尻尾のみ
エロ本番はないですが、匂わせる描写はあります
勢いで書いたので、ツッコミはご容赦ください
ざまぁできませんでした(´Д` ;)
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
学校の脇の図書館
理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。
子悪党令息の息子として生まれました
菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!?
ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。
「お父様とお母様本当に仲がいいね」
「良すぎて目の毒だ」
ーーーーーーーーーーー
「僕達の子ども達本当に可愛い!!」
「ゆっくりと見守って上げよう」
偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる