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いってら~~

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 あまり、時間はなかった。
 溂と敬介は慌ただしく着替え始めた。

 七緒は、由実さんが預かってくれることになった。
 もっとも、七緒は乳幼児じゃないのだから、預かってもらう、というのは、ちょっと変だ。家に居させてもらう、くらいがちょうどいいのかもしれない。


 「俺のでいいか? お前には、少し大きいかもしれないが……」
「買ったばかりなのに、きつくなっちゃったのよね」
夫婦で口々に言いながら、黒いスーツを溂に手渡してくれた。

「すみません。いろいろと」
「なに、気にするな」
「お前にじゃない。由実さんにだ」
「どーせ、」

 豪快に長袖Tシャツを脱ぎ捨て、敬介は言った。

「だが、由実のお陰で、家探ししなくても、スーツもネクタイも出てくるんだよな。いつも助かってるんだよ」
さりげなく、のろける。
「結婚って、いいもんだよ。溂、お前も……」

「私は、家政婦じゃありません」
 きっぱりと由実さんが言った。
 夫の体に、ばさりと白いドレスシャツをかぶせる。
「あなたがいつも、何でも、出しっぱなしにしておくからでしょ。家事って、気がきく方が、どうしたって損をするのよ」

「……はい」
「それにても、あなたはニブすぎると思う」
「……すみません」
しゅんとして、敬介が謝った。

「もうちょっときちんとしないと、ある日帰ってきたら、妻も子どもも、消えていた、ってことになりかねないわよ」
 由実さんが追い打ちをかけた。
 敬介は首をすくめた。

 夫婦の会話は、部屋の隅にいた溂の耳にも入った。由実さんの目を気にして、こそこそと着替えていたのだ。

 「クククククク……」
隣のリビングで、七緒が鳴いた。なんだか、心細そうに、溂には聞こえた。

 はっと、敬介が顔を上げた。
「なあ、由実。あの鳥には気をつけろよ。特に足、な。鋭い鉤爪が生えていて……」
「はいはいはいはい。大丈夫だから」
夫の首を、白いネクタイでぎゅうと締め、由実さんが言った。
「忘れ物はない?」
「ない」
「野添さんは?」
「大丈夫です……」

 ご祝儀をリュックに入れておいて、本当に良かった、と溂は思った、
 スーツを借り、ネクタイを借り、この上、お金を借りるんでは、いくら腐れ縁の親友といえど、あまりに申し訳ない。

 上着を手に、リビングへ向かう。
 「じゃ、行ってくる。くれぐれもその鳥に……」
「はいはい」
「……いや、大事なことだ。ちゃんと聞いてくれ。くれぐれもその白い悪魔の……」

「七緒」
「は? なんだよ、溂。お前まで」
「だから、名前。すみません、由実さん。ナナをよろしく頼みます」

「野添さんは、ナナっていうのね。かわいい……」
うっとりと、由実さんがつぶやいた。

「おいっ! 特にきなりは、絶対、その白い悪魔に近寄せては……」
「きゃあっ!」

 七緒は、リビングのソファに横向きに座っていた。
 尻尾がじゃまになるのだ。
 膝の上には、きなりちゃんが乗っている。
 彼女は、とても嬉しそうだった。

 きなりちゃんは、歩き始めたばかりだそうだ。家に入り、溂が下に下ろすと、両手を前に上げて歩き出した。危なっかしい足取りで、七緒に近づいていき、抱きついた。
 それからずっと、彼から離れない。

 敬介は、娘がずっと七緒に引っついていたことに、今、初めて気づいたようだ。
 絶望的な顔をした。
 宥めるように、溂は言った。
「大丈夫だよ。ナナは、優しい性格だから」

「イケメンの上に、優しいのね……」
 由実さんが、頬を紅潮させ、両手を胸の前で組み合わせた。乙女のような顔をしている。
「おまけに、子守までしてくれるなんて」

「ううう……だから、近寄らせるなと言ったろ! 獰猛な怪鳥なんだ、そいつはっ!」
敬介が、頭をかきむしった。


 溂は、きなりちゃんより、むしろ、七緒が心配だった。
 一人で留守番することができず、結局ここまでついてきてしまった七緒である。
 果たして、溂が戻るまで、おとなしく待っていることができるだろうか。

「じゃ、行ってくるからな。由実さんときなりちゃんに、ご迷惑をかけるんじゃないぞ」
 そばに近寄らず、リビングの入り口から声をかけた。

 泣いてついてくるかと思った。

 だが、七緒は、くいっ、と顎を上げただけだった。
 すぐに、膝の上のきなりちゃんが、広げた絵本に目を落とす。

「大丈夫よ、野添さん」
傍らで、由実さんが言った。溂の顔を、覗き込むようにしている。
「ふふふ。なんだか、野添さんの方が、寂しそうね」
からかうようにそう、付け足した。
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