上 下
33 / 82

白い悪魔の鳥

しおりを挟む
 「フロレツァールなんかに、我が家の敷居を跨がせてたまるか!」
 敬介は息巻いたが、由実さんは相手にしなかった。
 溂に子どもをひょいと渡し、七緒の羽を手に取った。

 溂は、いきなり小さな子どもを預けられ、動転してしまった。
 由実さんに羽を撫でられながら、そんな溂を、七緒がじろりと見た。

 「きれいな羽」
由実さんは、うっとりとしている。

 「おい、そいつは、鳥だぞ。触るな危険」
由実さんの脇では、敬介がおろおろしている。

 由実さんは、夫を無視した。七緒の羽の先を、そっと引いた。
 意外にも、七緒は、されるがままで、逆らわない。由実さんが引っぱるのに合わせて、ちょん、ちょん、と2~3歩歩いた。
 今まで見たこともないような、すまし顔をしている。

 ……女性には優しいんだな。

「七緒というんだよ、そいつ」
おかしさをこらえて、溂は言った。
「あら、可愛いお名前。いらっしゃい、七緒さん」
「きゃあきゃあ」
溂の腕の中で、きなりちゃんもご機嫌だ。

「うわあぁーーーーっ! 白い悪魔があっ! 白い悪魔の鳥が、俺の家庭を乗っ取りにきたぁーーーっ!」

「いや、それはないから」
先に立って歩きながら、溂は言った。
「それより、敬介。スーツの手配、できた? 俺のフォーマルスーツ、谷底へ落としちゃったんだけど」


 そう。
 吊橋と一緒に、スーツを、谷底へ落としてしまった。
 長良先輩の結婚式は、午後からである。
 今から手配しようにも、間に合いそうもない。式場へ向かう時間も、ぎりぎりだ。

 七緒を、寺へ帰らせることは、結局出来なかった。
 というか、しなかった。

 吊橋の落ちた谷……。
 あそこを再び渡らせるのは、溂には、恐ろしくてできなかったのだ。
 いくら、空を飛んで行くのだとはいえ。

 第一、七緒は疲れ切っていた。崖と崖の距離は結構ある。あれだけの距離を、すぐに戻っていけるわけがない。

 だからといって、一緒に電車に乗って、結婚式場まで行くことはできない。
 きちんと切符を買って席を確保すれば、鉄道会社は文句を言わないだろう。
 しかし、白い羽、白い肌、銀色の髪、整った顔立ちの七緒は、とにかく目立つ。
 フロレツァールは、珍しい生き物だ。大勢の人が、じろじろ見るだろう。
 人の視線を浴びるのは、溂も苦手だ。

 それにもし、七緒に近づいてくる人間がいたら?
 橋の落ちた谷を渡らせるのとは別の意味で、それは危険だと思った。

 結局、麓の町でレンタカーを借りて、一緒に、敬介の家に連れてきた。
 敬介には、車の中から、スーツの手配を頼んでおいた。いくら山奥在住とはいえ、ジーンズにボタンダウンの長袖シャツという格好で、先輩の結婚式に臨むわけにはいかない。

 欠席は、溂の念頭に、全く無かった。
 そのことが、自分でも、意外だった。
 意外で、そして、そんな自分を頼もしく思った。

 ……好きだった人の、幸せになった姿を、ちゃんと、見届けよう。
 今は、そんな風に思っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

婚約破棄は計画的にご利用ください

Cleyera
BL
王太子の発表がされる夜会で、俺は立太子される第二王子殿下に、妹が婚約破棄を告げられる現場を見てしまった 第二王子殿下の婚約者は妹じゃないのを、殿下は知らないらしい ……どうしよう :注意: 素人です 人外、獣人です、耳と尻尾のみ エロ本番はないですが、匂わせる描写はあります 勢いで書いたので、ツッコミはご容赦ください ざまぁできませんでした(´Д` ;)

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

学校の脇の図書館

理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...