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Ⅱ
白い悪魔の鳥
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「フロレツァールなんかに、我が家の敷居を跨がせてたまるか!」
敬介は息巻いたが、由実さんは相手にしなかった。
溂に子どもをひょいと渡し、七緒の羽を手に取った。
溂は、いきなり小さな子どもを預けられ、動転してしまった。
由実さんに羽を撫でられながら、そんな溂を、七緒がじろりと見た。
「きれいな羽」
由実さんは、うっとりとしている。
「おい、そいつは、鳥だぞ。触るな危険」
由実さんの脇では、敬介がおろおろしている。
由実さんは、夫を無視した。七緒の羽の先を、そっと引いた。
意外にも、七緒は、されるがままで、逆らわない。由実さんが引っぱるのに合わせて、ちょん、ちょん、と2~3歩歩いた。
今まで見たこともないような、すまし顔をしている。
……女性には優しいんだな。
「七緒というんだよ、そいつ」
おかしさをこらえて、溂は言った。
「あら、可愛いお名前。いらっしゃい、七緒さん」
「きゃあきゃあ」
溂の腕の中で、きなりちゃんもご機嫌だ。
「うわあぁーーーーっ! 白い悪魔があっ! 白い悪魔の鳥が、俺の家庭を乗っ取りにきたぁーーーっ!」
「いや、それはないから」
先に立って歩きながら、溂は言った。
「それより、敬介。スーツの手配、できた? 俺のフォーマルスーツ、谷底へ落としちゃったんだけど」
そう。
吊橋と一緒に、スーツを、谷底へ落としてしまった。
長良先輩の結婚式は、午後からである。
今から手配しようにも、間に合いそうもない。式場へ向かう時間も、ぎりぎりだ。
七緒を、寺へ帰らせることは、結局出来なかった。
というか、しなかった。
吊橋の落ちた谷……。
あそこを再び渡らせるのは、溂には、恐ろしくてできなかったのだ。
いくら、空を飛んで行くのだとはいえ。
第一、七緒は疲れ切っていた。崖と崖の距離は結構ある。あれだけの距離を、すぐに戻っていけるわけがない。
だからといって、一緒に電車に乗って、結婚式場まで行くことはできない。
きちんと切符を買って席を確保すれば、鉄道会社は文句を言わないだろう。
しかし、白い羽、白い肌、銀色の髪、整った顔立ちの七緒は、とにかく目立つ。
フロレツァールは、珍しい生き物だ。大勢の人が、じろじろ見るだろう。
人の視線を浴びるのは、溂も苦手だ。
それにもし、七緒に近づいてくる人間がいたら?
橋の落ちた谷を渡らせるのとは別の意味で、それは危険だと思った。
結局、麓の町でレンタカーを借りて、一緒に、敬介の家に連れてきた。
敬介には、車の中から、スーツの手配を頼んでおいた。いくら山奥在住とはいえ、ジーンズにボタンダウンの長袖シャツという格好で、先輩の結婚式に臨むわけにはいかない。
欠席は、溂の念頭に、全く無かった。
そのことが、自分でも、意外だった。
意外で、そして、そんな自分を頼もしく思った。
……好きだった人の、幸せになった姿を、ちゃんと、見届けよう。
今は、そんな風に思っている。
敬介は息巻いたが、由実さんは相手にしなかった。
溂に子どもをひょいと渡し、七緒の羽を手に取った。
溂は、いきなり小さな子どもを預けられ、動転してしまった。
由実さんに羽を撫でられながら、そんな溂を、七緒がじろりと見た。
「きれいな羽」
由実さんは、うっとりとしている。
「おい、そいつは、鳥だぞ。触るな危険」
由実さんの脇では、敬介がおろおろしている。
由実さんは、夫を無視した。七緒の羽の先を、そっと引いた。
意外にも、七緒は、されるがままで、逆らわない。由実さんが引っぱるのに合わせて、ちょん、ちょん、と2~3歩歩いた。
今まで見たこともないような、すまし顔をしている。
……女性には優しいんだな。
「七緒というんだよ、そいつ」
おかしさをこらえて、溂は言った。
「あら、可愛いお名前。いらっしゃい、七緒さん」
「きゃあきゃあ」
溂の腕の中で、きなりちゃんもご機嫌だ。
「うわあぁーーーーっ! 白い悪魔があっ! 白い悪魔の鳥が、俺の家庭を乗っ取りにきたぁーーーっ!」
「いや、それはないから」
先に立って歩きながら、溂は言った。
「それより、敬介。スーツの手配、できた? 俺のフォーマルスーツ、谷底へ落としちゃったんだけど」
そう。
吊橋と一緒に、スーツを、谷底へ落としてしまった。
長良先輩の結婚式は、午後からである。
今から手配しようにも、間に合いそうもない。式場へ向かう時間も、ぎりぎりだ。
七緒を、寺へ帰らせることは、結局出来なかった。
というか、しなかった。
吊橋の落ちた谷……。
あそこを再び渡らせるのは、溂には、恐ろしくてできなかったのだ。
いくら、空を飛んで行くのだとはいえ。
第一、七緒は疲れ切っていた。崖と崖の距離は結構ある。あれだけの距離を、すぐに戻っていけるわけがない。
だからといって、一緒に電車に乗って、結婚式場まで行くことはできない。
きちんと切符を買って席を確保すれば、鉄道会社は文句を言わないだろう。
しかし、白い羽、白い肌、銀色の髪、整った顔立ちの七緒は、とにかく目立つ。
フロレツァールは、珍しい生き物だ。大勢の人が、じろじろ見るだろう。
人の視線を浴びるのは、溂も苦手だ。
それにもし、七緒に近づいてくる人間がいたら?
橋の落ちた谷を渡らせるのとは別の意味で、それは危険だと思った。
結局、麓の町でレンタカーを借りて、一緒に、敬介の家に連れてきた。
敬介には、車の中から、スーツの手配を頼んでおいた。いくら山奥在住とはいえ、ジーンズにボタンダウンの長袖シャツという格好で、先輩の結婚式に臨むわけにはいかない。
欠席は、溂の念頭に、全く無かった。
そのことが、自分でも、意外だった。
意外で、そして、そんな自分を頼もしく思った。
……好きだった人の、幸せになった姿を、ちゃんと、見届けよう。
今は、そんな風に思っている。
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