柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

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よこしまな陛下

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「アンリ陛下……?」

 俺はもう、いっぱいいっぱいだった。
 遮るように口を開いたのは、ヴァーツァだった。

「もういいじゃないか。シグ、君は、傷は治っても、出血で疲れているはずだ。屋敷へ帰ろう」

「僕を見くびってもらったら困るね。造血もちゃんとしておいた。この上もなくきれいで働き者の血を足しておいたよ。シグモントは、今まで以上に健康なはずだ」

むっとしたようにバタイユが言い返す。

「いいよ、シグモント。本当のことを教えてあげる。アンリ陛下は、兄さんに、よこしまな気持ちを抱いている。それはもう、ずっと。子どもの頃から」

 陛下とヴァーツァは、幼友達で学友だった。
 その陛下がヴァーツァに邪な感情を?

「僕は、兄さんをアンリ殿下の魔の手から守る必要を感じた。だから、兄さんが召喚したゾンビの一人に魔法をかけ、兄さんを襲わせた」

 陛下のヴァーツァへの想いは、俺も何となく感じている。
 ただし、邪だとは思わない。あれはあれで、陛下の愛だと思っている。
 けれど、バタイユは邪だという。

 「でも、だからって……ヴァーツァは実の兄だろう? 君は兄上であるヴァーツァを、誰よりも愛しているはずだ。そのヴァーツァを、彼が使役しているゾンビを使って襲わせるとか、」

「技術的には可能だ。バタイユは俺より魔力が上だから」

 静かにヴァーツァが言う。
 いや、そういうことじゃない。

「貴方はそれでいいの?」
 思わず叫ぶ。
「死んでしまったかもしれないんだよ?」

「死にはしないさ」
にたりとバタイユが笑った。
「僕には自信があったからね。必ず治癒させるっていう、絶大な自信が。それは、今回も同じさ。現に兄さんの怪我は完治したし、シグモント、君なんて、前より元気なくらいだ」
「……」

 ぐっと言葉に詰まった。さらにバタイユが言い募る。

「何より大切なことは、兄さんをアンリ陛下から引き離すことだ。だから僕は、兄さんを入れた保養箱をあの辺鄙な村の礼拝堂に隠し、結界を張った」

 なんてことだ。
 陛下は決して、ヴァーツァのことを置き去りにしたわけでも、忘れたわけでもなかったのだ。

 傷ついたヴァーツァの体は、バタイユの魔力の下に覆い隠されていた。陛下がヴァーツァの居場所を気に掛けなったのは、

「それなのに、兄さんは、治療の途中で目を覚ましてしまった。シグモント。君のキスで」

「その話はもういいから!」
 俺は真っ赤になった。
「それに僕がキスしたのは、ガラスの柩で、ヴァーツァ自身ではないよ」

「同じことだ」
憮然としてバタイユが答える。
「僕は期間限定の薬草を探しに、大フクロウの背中に乗って旅に出、兄さんは夏の別荘に残った。僕は君に兄さんの世話を任せたよね、シグモント。それなのに、兄さんをアンリ陛下に会わせるなんて、あんまりじゃないか。しばらく会っていなかったせいか、陛下の兄さんへの執着は前にも増して増大し、僕は再び、兄さんを隔離しなくちゃならなくなった」

「……だから、再びゾンビに襲わせて?」
「怪我をしたのは君だったけどね。余計なことをするからだ、シグモント・ボルティネ」

 その手には、剣が握られていた。






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