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信じている
しおりを挟む「てっきり俺は、君が嫉妬に狂ったのだと思ったのだ。君は、アンリ陛下に妬いていたのだろう?」
全くこの男は!
どうしてこんなに自信を持っていられるのだろう。正々堂々と、俺から愛されていると確信できるのか。
そして、悔しいけど、彼の確信は正しい。どうしようもなく俺は、彼を愛している。
友情を裏切られた彼を、悲しみのどん底から掬い上げたいと思った。愛する人が嘆き悲しむのに耐えられなかった。
でも、どうやらそんな必要はなかったようだ。
「アンリのことは信じている」
恥知らずな男は、けろりとして言い放った。
「全てを俺の霊障に仕立てて、気候変動の不安を紛らわせようとしたのは、いかにもあいつらしい。おかげで民は、迫りくる自然の脅威から目をそらせることができたわけだから。気候の方はそのうち落ち着くだろう。背中の傷については……」
顔を上げ、にやりと笑った。
「君の気持がわかってよかった。君は俺を愛しているって知ることができて、本当に嬉しい」
大事にしていた気持を見透かされ、俺は慌てた。
「な、なにを根拠にそんなこと……」
泰然とヴァーツァは笑った。余裕ありげで、いっそ憎らしいくらいだ。
「嫉妬って、そういうもんだろう? まず、相手を好きだという感情があるんだ。だから妬くんだ。それにしても、国王にまで嫉妬してくれるとはな! 俺は今、幸せだよ、シグ」
耳の中で血管を流れる血がどくどく言い始めた。どうして俺はこう、自分から想いを打ち明けてしまうんだ? 恋には駆け引きが必要だと、愛読している恋愛小説に書いてあったというのに。
「むしろ俺は、王妃の気持ちがわからない。令嬢たちに無責任な噂を立てさせた挙句、シグの名で恋文を書かせるなんて。その上、わざわざ俺を呼び立てて」
王妃に呼ばれてお茶会に来たのだと、ヴァーツァは言った。
「それは……」
王妃様は、アンリ陛下からヴァーツァを引き剥がしたかったのに決まってる。不甲斐ない俺に彼を押し付け、陛下を取り戻したかったのだ。
それくらい、わからない方がどうかしている。
「王妃のことなんてどうでもいいや。さあおいで、シグ」
ソファーに座ったままの自分の膝を、ぽんぽんと叩く。
「君は言った。全てが終わったら俺のものになると」
「あ……、うぅ……」
心当たりがありすぎる。
次々と謎を解いて、要人たちの死は誰の仕業でもないと証明していくヴァーツァが眩しかった。彼が欲しい。その気持ちは今も変わっていない。
「ほら、早く! 君はじらせすぎだ」
手を引かれ、よろめいた。心ならずもヴァーツァの上に倒れ込む。
「でも、アンリ陛下は……」
貴方のことが好きなんだ。
王城の廊下で俺を見据えた時に、恐ろしいほど真っすぐに向けられてきた悪意。ヴァーツァが俺を恋人認定した時の、たとえようもないほど、不快そうな顔。
間違いない。
「陛下は貴方を愛しておられます」
思い切って俺は告げた。辛い。でも、言わなければフェアじゃない気がする。
「友達としてね」
さらりとヴァーツァは答える。
「あるいは幼馴染み、学友、腹心の部下ってとこかな?」
「違います、殿下は……」
「少なくとも俺の方はそうだ。それで十分じゃないか?」
ぴしゃりと言い放った。思わず口を噤んでしまったほどの、強い口調で。
「俺の想いは、全て君に向けられている。君だ。アンリではなく」
胸が早鐘のように打ち始めた。
本当に?
信じていいのだろうか。
「俺と君は、両想いなんだ。好きあった者同士は、時間を惜しんでヤるものだ」
「ちょっと、待って、」
百歩譲ってヴァーツァの気持ちが真実だとしたら、結果俺は、国王を敵に回すことになる。そしてヴァーツァは、陛下の忠実なしもべだ。
今はまだ駄目だ。考える時間が欲しい。
「待たない。問題は全て解決したし」
仰向けにさせられ、岩のようなキスが、所狭しと落ちて来る。
「じらされた分、覚悟しろよ」
「全て解決したわけじゃない!」
涎でべたべたになった顔を勢いよく持ち上げた。
「痛っ!」
おでこがヴァーツァの唇の端を直撃する。
乱暴だが、こうでもしなければ、言いたいことも言えやしない。
「貴方の背中の傷です! アンリ陛下の命令でなかったら、一体だれが、貴方を斬りつけたというんです?」
しかも背後から。
馬に乗って。
「そんなの、どうでもいいじゃないか」
「よくありません!」
「君が嫉妬してくれたから、俺は充分報われた」
「何を言うんです! 貴方、死ぬところだったんですよ?」
バタイユ……ヴァーツァの弟がいなかったら……。恐ろしさに震えた。
「もし貴方が死んだら……、それを思うと……」
自分でも思いがけないことに、涙が溢れた。
「シグ……」
ヴァーツァが手を伸ばした。頬に流れる涙に触れ、火傷したように、その手を引っ込めた。
「わかった。今はまだ我慢する。エシェク村へ行こう」
「エシェク村?」
「戦闘があった村だよ。俺と君が、初めて出会った村だ」
藤色の、とても優しい瞳で彼は微笑んだ。
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