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全てを終えたら
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「警察大臣の場合は、侍医が診察してるんだ」
言いながら、ヴァーツァは、王城1階にある診療室へ入っていく。
夜間、王宮の離れの改修工事の見回りに出た警察大臣は、翌朝、死体となって発見された。
「卒中ですよ、ええ、そりゃ、間違いなく」
現れた俺たちに、侍医は太鼓判を押した。
「あの日はひどく寒い日でしたからね。夜間の見回りになんか行くべきではなかったんですよ。この身を張ってでもお止めすべきでした」
侍医はひどくがっくりきているようだった。
「貴方が責任を感じることはありませんよ、ドクター」
思わず俺は口にしていた。
軍にいた頃、自分が気が利かなかったせいで、部下に辛い思いをさせてしまった経験があるので、よくわかる。自分で自分を責めるのは辛いことだ。自分を許さない限り、生きることさえ困難に感じる。そして、自分を許せるのは自分だけだ。
「人には運命というものがあるのです。それに抗える者はだれもいません」
ドクターの顔に光が差した気がした。少しでも俺は、彼の負担を軽くできたろうか。
「おお! 天使だ! 神が天使を遣わされた」
いきなり侍医は叫び、俺の手を握ろうとした。
寸前で、ヴァーツァの大きな手が、繊細な白い手を追い払った。
「事件性がなければそれでいいのです。でも、ドクター。貴方が今ここで卒中で死んだら、それは事故でも病気でもありません」
俺には意味がわからなかったが、明らかに侍医はむっとしている。
「私が今ここで、卒中で死ぬ? 不吉なことをおっしゃいますな、カルダンヌ公。卒中が事故でも病気でもないとしたら、いったい何だっていうんです?」
「殺意ですね」
言い捨てると、ヴァーツァは俺の手を掴み、診療室を後にした。
「ったく、なんてこった! どいつもこいつも、シグに色目を使いやがって。君も君だ。垂れ流しているフェロモンを調整できないのか……」
言いながら、自分で口を塞いだ。
「いかん! そういう意味じゃないんだ。君は一つも悪くない。悪いのは俺のシグに手を出そうとするあいつらだ! しかも、内務大臣なんか、死んでるんだぞ! それなのに煩悩のカタマリじゃないか!」
吐き散らかすヴァーツァは、怒り心頭といった様子だ。
「で、こんな風に亡くなった方々の死因を調べるなんて、貴方は一体、何をなさりたいんですか?」
……触らぬ神に祟りなし。
俺は話をそらせた。
先帝の死は、情事の最中の腹上死。
内務大臣は雷に打たれて。
警察大臣は卒中。
どれも、公の発表通りだ。
「作為がないことを知りたかったんだよ。誰かの仕業ではないことを確かめたかったんだ。豪雨や酷暑などの気象の異常は、人の仕業でないことは明らかだ。虫やネズミの大量発生は、異常気象の影響だ。いずれも、人知の及ぶところではない。だが、先王や要人たちの死は、誰かの意図が働いた可能性があるからね」
「疑っていらしたのですか? ですが、お三方とも、公表された通りの死因でしたね」
「三人とも、年齢が年齢だったからね。ひとつの御代の終わりなんて、そんなものさ。王が年老いれば、臣下も同じように老いていくもの。疑ってなんかいない。ただ、きっちり詰めたかっただけだ。おかげで、疑問点はひとつに絞れた」
さらりと言うから、驚いた。
「まだ、疑問点が?」
「最後の確認だ」
そういうとヴァーツァは、すたすたと歩き始めた。
足を止めた。
「全てを終えたら……」
彼の言いたいことは瞬時に伝わった。この男はそれしか考えられないのか?
けど、次々と疑問を潰していくヴァーツァはカッコいいと思った。
その上、人の気持ちを傷つけないよう、配慮することも覚えた。
外見が美しいのは最初からだ。
頬に血がのぼっていくのを感じる。
「わかりました」
小さく頷くと、ぎゅっと手を握られた。
「そういうわけで、前王や大臣たちの死は、不幸な偶然が重なっただけで、事件性はないということがわかりました」
「ほう」
「当初、私は、彼らの死は貴方の犯行であることを疑いました。動機はわかりません。純粋にハウダニットの解明からです」
ハウダニットというのは、犯行の手段を追及する手法だ。俺の好きなミステリ作品のテーマであることが多い。
というか、ヴァーツァもミステリ小説が好きなんだろうか。本を読んでいる姿なんか、見たことがないけど。
涼しげな顔でヴァーツァは続けた。
「彼らの死もまた私の霊障だと貴方が喝破されたのは、私の霊に罪を着せ、己が所業を隠蔽する為と判断したのです」
「なるほど」
「けれど、全ては、自然な死でした。人為的な作為は一切なかった。違う。彼らの死に関して、隠蔽すべきものは何もない。それならば……単刀直入に伺います。彼らの死を、なぜ、私の霊の仕業だと断定されたのですか?」
ヴァーツァに糾弾された相手は、ゆっくりと顔を上げた。
「加持祈祷の結果、得られた結論だ」
「嘘ですね」
鼻であしらうごとく、ヴァーツァが却下する。さすがに相手はむっとしたようだ。
「嘘だと?」
「正直におっしゃられた方が御身の為です」
ヴァーツァは窓の外を指さした。
つられて、俺も外を見る。
ゾンビたちがぎっしり並んでいた。そのほとんどがミイラ化して、肉は剥げ落ち、口や鼻の場所は暗い穴になっている。
彼らは、様々な時代の、様々な服を着ていた。いずれも豪華絢爛たる衣装だ。さすがに破れ果て、ボロ切れと化しているものが多いけど。
「王家の御先祖たちが、臣下である貴方を非難しておられます」
しゃちほこばった口調で、ヴァーツァが言ってのけた。からかっているように聞こえないこともない。
王城の一角には礼拝堂があり、その地下には、王室の墓所がある。ゾンビたちはそこから、ぞろぞろと列をなし、その列は、ここまで続いている。。
「…………」
あちこちで、ゾンビの列と行き会ってしまった人々の悲鳴が聞こえる。
「アンリ陛下の御下命だ」
ついに王室祈祷師は白状した。
言いながら、ヴァーツァは、王城1階にある診療室へ入っていく。
夜間、王宮の離れの改修工事の見回りに出た警察大臣は、翌朝、死体となって発見された。
「卒中ですよ、ええ、そりゃ、間違いなく」
現れた俺たちに、侍医は太鼓判を押した。
「あの日はひどく寒い日でしたからね。夜間の見回りになんか行くべきではなかったんですよ。この身を張ってでもお止めすべきでした」
侍医はひどくがっくりきているようだった。
「貴方が責任を感じることはありませんよ、ドクター」
思わず俺は口にしていた。
軍にいた頃、自分が気が利かなかったせいで、部下に辛い思いをさせてしまった経験があるので、よくわかる。自分で自分を責めるのは辛いことだ。自分を許さない限り、生きることさえ困難に感じる。そして、自分を許せるのは自分だけだ。
「人には運命というものがあるのです。それに抗える者はだれもいません」
ドクターの顔に光が差した気がした。少しでも俺は、彼の負担を軽くできたろうか。
「おお! 天使だ! 神が天使を遣わされた」
いきなり侍医は叫び、俺の手を握ろうとした。
寸前で、ヴァーツァの大きな手が、繊細な白い手を追い払った。
「事件性がなければそれでいいのです。でも、ドクター。貴方が今ここで卒中で死んだら、それは事故でも病気でもありません」
俺には意味がわからなかったが、明らかに侍医はむっとしている。
「私が今ここで、卒中で死ぬ? 不吉なことをおっしゃいますな、カルダンヌ公。卒中が事故でも病気でもないとしたら、いったい何だっていうんです?」
「殺意ですね」
言い捨てると、ヴァーツァは俺の手を掴み、診療室を後にした。
「ったく、なんてこった! どいつもこいつも、シグに色目を使いやがって。君も君だ。垂れ流しているフェロモンを調整できないのか……」
言いながら、自分で口を塞いだ。
「いかん! そういう意味じゃないんだ。君は一つも悪くない。悪いのは俺のシグに手を出そうとするあいつらだ! しかも、内務大臣なんか、死んでるんだぞ! それなのに煩悩のカタマリじゃないか!」
吐き散らかすヴァーツァは、怒り心頭といった様子だ。
「で、こんな風に亡くなった方々の死因を調べるなんて、貴方は一体、何をなさりたいんですか?」
……触らぬ神に祟りなし。
俺は話をそらせた。
先帝の死は、情事の最中の腹上死。
内務大臣は雷に打たれて。
警察大臣は卒中。
どれも、公の発表通りだ。
「作為がないことを知りたかったんだよ。誰かの仕業ではないことを確かめたかったんだ。豪雨や酷暑などの気象の異常は、人の仕業でないことは明らかだ。虫やネズミの大量発生は、異常気象の影響だ。いずれも、人知の及ぶところではない。だが、先王や要人たちの死は、誰かの意図が働いた可能性があるからね」
「疑っていらしたのですか? ですが、お三方とも、公表された通りの死因でしたね」
「三人とも、年齢が年齢だったからね。ひとつの御代の終わりなんて、そんなものさ。王が年老いれば、臣下も同じように老いていくもの。疑ってなんかいない。ただ、きっちり詰めたかっただけだ。おかげで、疑問点はひとつに絞れた」
さらりと言うから、驚いた。
「まだ、疑問点が?」
「最後の確認だ」
そういうとヴァーツァは、すたすたと歩き始めた。
足を止めた。
「全てを終えたら……」
彼の言いたいことは瞬時に伝わった。この男はそれしか考えられないのか?
けど、次々と疑問を潰していくヴァーツァはカッコいいと思った。
その上、人の気持ちを傷つけないよう、配慮することも覚えた。
外見が美しいのは最初からだ。
頬に血がのぼっていくのを感じる。
「わかりました」
小さく頷くと、ぎゅっと手を握られた。
「そういうわけで、前王や大臣たちの死は、不幸な偶然が重なっただけで、事件性はないということがわかりました」
「ほう」
「当初、私は、彼らの死は貴方の犯行であることを疑いました。動機はわかりません。純粋にハウダニットの解明からです」
ハウダニットというのは、犯行の手段を追及する手法だ。俺の好きなミステリ作品のテーマであることが多い。
というか、ヴァーツァもミステリ小説が好きなんだろうか。本を読んでいる姿なんか、見たことがないけど。
涼しげな顔でヴァーツァは続けた。
「彼らの死もまた私の霊障だと貴方が喝破されたのは、私の霊に罪を着せ、己が所業を隠蔽する為と判断したのです」
「なるほど」
「けれど、全ては、自然な死でした。人為的な作為は一切なかった。違う。彼らの死に関して、隠蔽すべきものは何もない。それならば……単刀直入に伺います。彼らの死を、なぜ、私の霊の仕業だと断定されたのですか?」
ヴァーツァに糾弾された相手は、ゆっくりと顔を上げた。
「加持祈祷の結果、得られた結論だ」
「嘘ですね」
鼻であしらうごとく、ヴァーツァが却下する。さすがに相手はむっとしたようだ。
「嘘だと?」
「正直におっしゃられた方が御身の為です」
ヴァーツァは窓の外を指さした。
つられて、俺も外を見る。
ゾンビたちがぎっしり並んでいた。そのほとんどがミイラ化して、肉は剥げ落ち、口や鼻の場所は暗い穴になっている。
彼らは、様々な時代の、様々な服を着ていた。いずれも豪華絢爛たる衣装だ。さすがに破れ果て、ボロ切れと化しているものが多いけど。
「王家の御先祖たちが、臣下である貴方を非難しておられます」
しゃちほこばった口調で、ヴァーツァが言ってのけた。からかっているように聞こえないこともない。
王城の一角には礼拝堂があり、その地下には、王室の墓所がある。ゾンビたちはそこから、ぞろぞろと列をなし、その列は、ここまで続いている。。
「…………」
あちこちで、ゾンビの列と行き会ってしまった人々の悲鳴が聞こえる。
「アンリ陛下の御下命だ」
ついに王室祈祷師は白状した。
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