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気がついたら、俺は、ヴァーツァの腕の中にいた。
「可愛いシグ。俺が君を訪れなかったと思って、そんなにも苦しんでいたなんて」
例によって、頭頂部にすりすりしてくる。
「違っ、違う、ちがう!」
「違わない。今、君自身がそう言ったばかりだ」
言ったっけ? 俺、そんな恥ずかしいこと……。
「自分よりアンリの方を優先させたと言って嫉妬するし、一度も自分の家に来てくれないからってスネるし……」
「そんなことしてない!」
いや、本当か?
違う。
ヴァーツァが悪い。ヴァーツァが振り向いてくれないから。
「なあ、シグ。強情を張るのは止めよう? 人生は短い。こうなったからにはひと時の快楽に身を任せて、だな……」
「どいて!」
思いっきり突き飛ばした。
どうしてこんな時に!
なんでいつもいつも体が先なんだ?
弾き飛ばされ、ヴァーツァは口を尖らせた。
「だって君は俺を愛しているんだろ?」
「あ、貴方はどうなんです? 僕をからかっているだけなんでしょう?」
こんな人たらしの餌食になりたくない。男も女も、国王さえもたらしこむような……。
でもヴァーツァは、島からの帰途、俺が危険でないように、トラドさんをつけてくれた。いや、違う。そんなの、愛なんかじゃない。ただの心配だ、客人に対する気配りに過ぎない。
「あなたはひどい人だ。僕の友人たちに悪夢を見せたり、食欲不振にしたり。彼らは……、」
「彼らがどうしてそんな目に遭ったか、君は考えたか?」
静かな声が割り込んだ。
「は?」
意味が分からない。
「だから、俺がなぜ、大家の孫や王都警備軍の男に祟ったか、だ」
「……祟ったんですか?」
「いやまあ、その。メルルとその眷属を使役して食べ物を汚染したり、眠ってる側で運動会をしたり、可愛いもんだがな」
食べ物を汚染? うげ。なんてことを……。
「なぜ、俺が彼らにそうさせたと思う?」
「……知りません」
つぶやき、俺は俯いた。
前にヴァーツァが言っていたことを思い出したからだ。
まだ島にいた頃。早く王都へ帰らなくちゃと申し出た俺に、戦争の報告書を書くよう、ヴァーツァが言いつけた時だ。
あの時彼は、俺に関するいろいろを調べたと言っていた。勝手に調べられてむっとしたけど、それに、なんだかごにょごにょ言っていたので聞き取りづらかったけど、あの時、確かに彼は、ジョアンとシュテファンのことを言っていた。
……「君に関することは、大方、調べておいた。貧乏長屋に住んでいることも、大家に可愛がられているのはいいが、その孫がやたら顔を出してくることも……全くけしからんことだ……、ちょくちょく訪れる友人の男がいることも。これはもう、許すことができん」
こほん。ヴァーツァは咳払いをした。
「嫉妬は愛の証明にはならないか?」
「知りません!」
「君はアンリに嫉妬した」
「……」
言葉に詰まった。真っ赤になって俺は俯いた。
「かわいいやつ」
再び抱き寄せようとする。しまった。油断した。
「互いの愛も確認できたことだし、さあ、続きをしよう」
「え? ちょっとヴァーツァ! え、え、え?」
封じ込めている腕の力が抜けたと思ったら、目にもとまらぬ早業で、くるんと上着を剥ぎ取られたので驚いた。
さすがというか、手慣れている。
「邪魔だ」
間髪入れず、シャツのボタンにとりかかろうとする。
「あの時、ちらっと見えたんだ。君の家に行った時、襟の隙間から、ちらっと。バラ色でとても可愛らしかった。それなのに……。それからずっと俺は欲求不満だ」
一体何を見たと言うんだ、この男は。俺の服の中に、バラ色の?
顔が、最上級に赤く染まる。
「それなのに、『いやらしい生霊』はないよな。傷ついたぞ、あの時は」
焦っているのかボタンがうまく外れず、いきなり引き千切ろうとした。
「ダメ! これは借り物です!」
お茶会に着ていく服がなくて、シュテファンに借りたのだ。ボタンが千切れたら、何と言い訳したらいいか……。
「そんなん、新しいのを買って返せばいい」
ヴァーツァは平気だ。
「カルダンヌ公!」
必死で俺は考えた。そうだ。まだ問題が残っている。
「王都人々の、貴方への冤罪は晴れたんですか?」
「だから、ヴァーツ、は? 冤罪?」
ヴァーツァは、じれったそうにシャツを撫で回す。どこかに開口部がないか探しているようだ。
「王都の霊障は貴方の仕業だという冤罪です」
「ああ、あれね。どうでもいい。俺のやったことじゃないからな。今はこっちのが大事」
勢いよく前立てを引っ張ろうとする。
「よくない! 大事な貴方をひどく言われたなんて、僕は許すことができません!」
「……うん?」
「大好きなあなたが、ヴァーツァが、人から非難されるなんて!」
「ふ。ふふ。ふふふ」
ヴァーツァの手が止まった。
「『大事な貴方』。『大好きなあなた』」
歌うように繰り返す。俺にとってはひどい恥辱プレイだが仕方がない。こんなところで慌ただしく全裸にむかれてことに及ばれるより、よっぽどいい。
「じゃ、出かけるか」
さっき自分が剥ぎ取ったばかりの上着を拾い、俺に羽織らせる。
「どこへ?」
「まずは、きれいな公爵夫人のところかなあ」
「可愛いシグ。俺が君を訪れなかったと思って、そんなにも苦しんでいたなんて」
例によって、頭頂部にすりすりしてくる。
「違っ、違う、ちがう!」
「違わない。今、君自身がそう言ったばかりだ」
言ったっけ? 俺、そんな恥ずかしいこと……。
「自分よりアンリの方を優先させたと言って嫉妬するし、一度も自分の家に来てくれないからってスネるし……」
「そんなことしてない!」
いや、本当か?
違う。
ヴァーツァが悪い。ヴァーツァが振り向いてくれないから。
「なあ、シグ。強情を張るのは止めよう? 人生は短い。こうなったからにはひと時の快楽に身を任せて、だな……」
「どいて!」
思いっきり突き飛ばした。
どうしてこんな時に!
なんでいつもいつも体が先なんだ?
弾き飛ばされ、ヴァーツァは口を尖らせた。
「だって君は俺を愛しているんだろ?」
「あ、貴方はどうなんです? 僕をからかっているだけなんでしょう?」
こんな人たらしの餌食になりたくない。男も女も、国王さえもたらしこむような……。
でもヴァーツァは、島からの帰途、俺が危険でないように、トラドさんをつけてくれた。いや、違う。そんなの、愛なんかじゃない。ただの心配だ、客人に対する気配りに過ぎない。
「あなたはひどい人だ。僕の友人たちに悪夢を見せたり、食欲不振にしたり。彼らは……、」
「彼らがどうしてそんな目に遭ったか、君は考えたか?」
静かな声が割り込んだ。
「は?」
意味が分からない。
「だから、俺がなぜ、大家の孫や王都警備軍の男に祟ったか、だ」
「……祟ったんですか?」
「いやまあ、その。メルルとその眷属を使役して食べ物を汚染したり、眠ってる側で運動会をしたり、可愛いもんだがな」
食べ物を汚染? うげ。なんてことを……。
「なぜ、俺が彼らにそうさせたと思う?」
「……知りません」
つぶやき、俺は俯いた。
前にヴァーツァが言っていたことを思い出したからだ。
まだ島にいた頃。早く王都へ帰らなくちゃと申し出た俺に、戦争の報告書を書くよう、ヴァーツァが言いつけた時だ。
あの時彼は、俺に関するいろいろを調べたと言っていた。勝手に調べられてむっとしたけど、それに、なんだかごにょごにょ言っていたので聞き取りづらかったけど、あの時、確かに彼は、ジョアンとシュテファンのことを言っていた。
……「君に関することは、大方、調べておいた。貧乏長屋に住んでいることも、大家に可愛がられているのはいいが、その孫がやたら顔を出してくることも……全くけしからんことだ……、ちょくちょく訪れる友人の男がいることも。これはもう、許すことができん」
こほん。ヴァーツァは咳払いをした。
「嫉妬は愛の証明にはならないか?」
「知りません!」
「君はアンリに嫉妬した」
「……」
言葉に詰まった。真っ赤になって俺は俯いた。
「かわいいやつ」
再び抱き寄せようとする。しまった。油断した。
「互いの愛も確認できたことだし、さあ、続きをしよう」
「え? ちょっとヴァーツァ! え、え、え?」
封じ込めている腕の力が抜けたと思ったら、目にもとまらぬ早業で、くるんと上着を剥ぎ取られたので驚いた。
さすがというか、手慣れている。
「邪魔だ」
間髪入れず、シャツのボタンにとりかかろうとする。
「あの時、ちらっと見えたんだ。君の家に行った時、襟の隙間から、ちらっと。バラ色でとても可愛らしかった。それなのに……。それからずっと俺は欲求不満だ」
一体何を見たと言うんだ、この男は。俺の服の中に、バラ色の?
顔が、最上級に赤く染まる。
「それなのに、『いやらしい生霊』はないよな。傷ついたぞ、あの時は」
焦っているのかボタンがうまく外れず、いきなり引き千切ろうとした。
「ダメ! これは借り物です!」
お茶会に着ていく服がなくて、シュテファンに借りたのだ。ボタンが千切れたら、何と言い訳したらいいか……。
「そんなん、新しいのを買って返せばいい」
ヴァーツァは平気だ。
「カルダンヌ公!」
必死で俺は考えた。そうだ。まだ問題が残っている。
「王都人々の、貴方への冤罪は晴れたんですか?」
「だから、ヴァーツ、は? 冤罪?」
ヴァーツァは、じれったそうにシャツを撫で回す。どこかに開口部がないか探しているようだ。
「王都の霊障は貴方の仕業だという冤罪です」
「ああ、あれね。どうでもいい。俺のやったことじゃないからな。今はこっちのが大事」
勢いよく前立てを引っ張ろうとする。
「よくない! 大事な貴方をひどく言われたなんて、僕は許すことができません!」
「……うん?」
「大好きなあなたが、ヴァーツァが、人から非難されるなんて!」
「ふ。ふふ。ふふふ」
ヴァーツァの手が止まった。
「『大事な貴方』。『大好きなあなた』」
歌うように繰り返す。俺にとってはひどい恥辱プレイだが仕方がない。こんなところで慌ただしく全裸にむかれてことに及ばれるより、よっぽどいい。
「じゃ、出かけるか」
さっき自分が剥ぎ取ったばかりの上着を拾い、俺に羽織らせる。
「どこへ?」
「まずは、きれいな公爵夫人のところかなあ」
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