51 / 64
1
襟から忍び込む虫
しおりを挟む「わたくしが一番許せないのは、あなたです、シグモント様」
明らかに王妃は俺を責めている。
なぜ? どうして俺は、王妃の怒りを買った?
ラブレターがあまりにエロかったから? やっぱり深夜に文章を書いたらいけなかったんだ。妄想が先走っちゃうからな。
でも、お陰で妊娠できたって、王妃様、さっきは喜んでたじゃないか……。
「あなたさえ、カルダンヌ公をしっかりと捕まえていてくれたら、わたくしがここまで苦しむことはなかったはず」
あ、そゆこと。
てか、どうみても冤罪だろ、それは。
この件に俺は、全く無関係だ。
でも、言い返すことはできなかった。相手が王妃だからというのももちろんあるけど、それ以上に、なんていうか、彼女の感情がモロに伝わってきて。
それは、諦め切った疲労だった。
霊視するまでもない。彼女自身の悲しみだ。
「王女は、自分では嫁ぎ先を選べない。少しでもマシな相手であることを祈るだけ。そりゃ、栗を焼いてるだけとか、錠前作りばかりしているとかいうのよりはなんぼかマシだけど、それでも、……」
王妃は唇を噛み締めた。
やおらくるりと後ろを振り返り、立ち去っていく。
「来い」
ヴァーツァが俺の手を掴んだ。
「痛い!」
思わず叫ぶと、手首をつかむ力がわずかに緩んだ。けれど、決して放そうとしない。
屋上の庭園には、来客は残っていなかった。使用人たちは遠巻きに見ているだけだ。
俺はヴァーツァに手を引かれ、階段を下りた。
連れて来られたのは、同じ城にあるアパルトマン風の一室だった。重厚なデスクや戸棚、ベッドまで完備されている。
「俺の執務室だ」
言葉少なにヴァーツァが言う。彼は俺を、ソファーに座らせた。自分は立ったままだ。
「見せてみろ」
「え?」
「手首。痛いって言った」
返事をする間もなく、彼は俺の手を取った。袖をめくりあげる。現れた手首の赤い痕に、顔を歪めた。
「すまなかった」
素直な謝罪に、戸惑うばかりだ。
「君は……君は、誰からも好かれていて。トラドや、俺のことを嫌っていた使用人たちからも。身の回りの人はみな、君を愛するようになる」
ぼそぼそと言葉が落ちてきた。思わず俺は目を見開いた。
「使用人の皆さんは、貴方が嫌いなんかじゃない。怖がっていただけだ。でも貴方は心を入れ替えたから、今では喜んで奉仕しています」
「それは、シグ、君のお陰だ」
「俺のお陰なんかじゃないです。俺は、取るに足らない、つまらない人間です。貴方は、僕が身の回りの人から愛されるとか言ったけど、僕を好きな人なんか、いるわけがないじゃないですか」
「嘘だ!」
一瞬でヴァーツァがヒートアップしたのが感じられた。
「大家の孫は君に言い寄ろうとするし、王都警備隊の男は、厚かましくも君の寝顔を覗き込んだ!」
それ、シュテファンとジョアンのこと?
「誤解です。シュテファンは僕に言い寄ってなんかいないし、寝顔を見られるくらいなんだっていうんです? ジョアンは僕の親友だ」
ヴァーツァがぎろりと睨む。
「向こうはそうは思っていない。どちらもだ」
「だって、先に僕を捨てたのは貴方じゃないですか!」
あまりの理不尽に思わず口走っていた。
「即刻立ち去れって言った! ひどい。あんまりだ」
あの時彼から発せられた鋭い殺意を思い出し、目が潤んできた。ヴァーツァは俺が、アンリ陛下との友情を引き裂こうとしたと思い込み、怒りを募らせていた。
俺の言うことなど、これっぽっちも聞こうともせず。
泣くもんか。悪いのはヴァーツァだ。一滴だって涙をこぼすまいと、必死で目を大きく見張る。
「何を言うか、それは誤解だ。君こそ、さっさと島を出て行ってしまったじゃないか」
負けじとヴァーツァが言い返す。俺の怒りが爆発した。
「ちゃんと島を出ていくように、トラドさんに見張りまで命じた!」
「だって、一人で帰すわけにはいかないだろう? 途中、盗賊に襲われでもしたら、」
「きれいごとを言わないで! いっ、今まで、今まで一度だって僕の家へ来てくれなかったくせに! 貴方は住所だって知っていたはずだ」
だって家賃を肩代わりしてくれたのだから。
「貴方は僕の家を知っていた。それなのに一度だって様子を見に来なかったんだ!」
「行ったぞ」
鋭い声が遮った。
「それなのに君は、俺を成敗しようとしたじゃないか」
「噓言わないで!」
なんて男だ。言い訳に事欠いて、嘘をつくなんて。
「嘘じゃない。俺は君の家に行った。それなのに、君は俺を踏みつぶした。ほら、あの嫌な呪文……ナントカ清浄、きゅうきゅう……」
言われて脳裏に蘇った。ジョアンとシュテファンに取り付いた、うじゃうじゃした影。二人を食欲不振に陥れ、夜な夜な悪夢をみせていた生霊。呪文を唱えると、四方に散っていった……。
「……もしかして、虫?」
「は?」
「襟から服の中に潜り込もうとした……」
「下等霊の仕業だな。俺が使役した」
けろりとしてヴァーツァは答えた。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。



僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる