50 / 64
1
全方位の人類が敵
しおりを挟む
「俺のシグが、女性に恋文を書くなんて!」
鬼の形相だった。離れ小島で別れた、ヴァーツァ・カルダンヌ公爵は。
空中庭園は、いつの間にか閑散としていた。カルダンヌ公の怒りに恐れをなし、来客たちは帰ってしまったのだろうか。
残っているのはイメルダと俺、少数の使用人が遠くで仕事をしているだけだ。
それから、怒り心頭といった様子のヴァーツァと。
「一通だけじゃございませんことよ。カルダンヌ公、何通見つけられました?」
イメルダが、口元に邪悪な笑みを浮かべる。
あまりのことに俺は口をぱくぱくさせるばかりで、言葉が出ない。
「な、なんだと! おい、シグ。お前、いつの間にラブレターを。しかも、何通も!」
「ここに着いてから、ごくわずかな時間にお書きになられましたわ」
イメルダの言葉にヴァーツァの顔が真っ青になる。
「だから、彼を一人にしておくのは嫌だったんだ。身の回りの男どもはみんな、蛾のように彼に吸い寄せられるし、その上、大量の令嬢だ!」
蛾はひどいと思った。誰も俺に吸い寄せられてなどいないけど。
「カルダンヌ公爵様。貴方の警戒が甘いのですよ」
揶揄するようなイメルダが言う。ヴァーツァは頭を抱えて蹲ってしまった。
「君のフェロモン垂れ流しの体質を甘く見ていた。男も女も……ああ、俺は、全方位の人類に向けて警戒しなければならないのか!」
なんか、あんまりなことを言われた気がする。
「あの、僕、令嬢たちに恋文なんて書いていません。あれは全部、代筆です」
おずおずと弁解する。
いや、弁解なんかじゃない。本当のことだ。俺から恋文を貰うなんて、令嬢たちの名誉にもかかわるだろうし。
ところがヴァーツァは、聞き入れようとしない。
「君のサインだった。俺が見間違うと思うか? そして、間違いなく、君の手跡だ! あのエロい手紙は!」
いったいどの令嬢に書かされた手紙を見たのだろう。運が悪いことだ。中には、清純なレモン味のもあったというのに。
「シグモントというのは、令嬢たちの兄弟か叔父さんの名で……待てよ。俺から手紙を貰うと願いが叶うんでしたっけ? 彼女たちの間に広がった無責任な噂というのは?」
必死の思いでイメルダに助けを求める。
「どうでしたかしら?」
イメルダは小首を傾げた。
「イメルダさん!」
「王妃!」
俺とヴァーツァは同時に叫び、しばし、沈黙が流れた。
「……王妃?」
って。
「王妃……様! イメルダって……まさか、アンリ陛下に輿入れされた……」
迂闊だった。もちろん、アンリ陛下がご結婚なさったことは知っている。でも、王都に帰って来てから、俺はずっと引き籠って暮らしていた。繁華街にも足を踏み入れなかったから、王妃となられた方の絵姿を見たこともない。
「そうだ。この方は、イメルダ・フォン・フォルス殿下、フォルス王国の王女で、ペシスゥスの王妃だ」
ヴァーツァが教えてくれる。まだひどく機嫌が悪い。
「そして未来の国母です。礼を弁えなさい、カルダンヌ公」
厳しい口調にぎょっとした。おとなしい、優しい女性だと思っていたのに。というか、無礼なのはむしろ俺の方だったのでは?
「特に失礼なことはしておりません」
しれっとヴァーツァが返す。彼は、何も応えていないようだ。
王妃の目がちかりと光った。
「わたくしの前で取り乱しました。恥ずべき所業です。わたくしは平常心でおりましたことよ。貴方に陛下を寝取られました時も」
「寝取、」
思わず俺はむせかえった。
「あらあら、大変。誰か、シグモント様にお水を」
打てば響くように、給仕が水のグラスを持って現れた。差し出された盆からひったくるようにしてグラスを掴み、冷たい水を一息で飲み干す。
「夫さん……いや、アンリ陛下の愛人って、貴方だったんですか!?」
ようやく口が利けるようになると、俺はヴァーツァに喰ってかかった。
「愛人なんかじゃない。幼馴染の学友だ」
「その学友が、王妃様から陛下を寝取ったんですかっ!?」
「違う!」
そんなの、誰が信じるものか。だって、あのヴァーツァだぞ。今までに相手にした女性(男性もだったんだな、やっぱり)は数知れず、弟に濡れ場を見られても全く平気という恥知らずだ。
その上、国王まで手に掛けるとは! 王妃様の苦しみを思いやれ!
王妃は、しかし、奇妙にさめた、冷たい目で俺を見ていた。
「わたくしが申し上げた、夫の愛人の想い人というのは貴方様なんですよ、シグモント様」
「え?」
夫(国王アンリ陛下)の。
愛人(ヴァーツァ)の。
想い人。
それが、俺?
「貴方は、つれない想い人です」
王妃の責めるトーンに、思わず身を固くした。
つか、俺が、誰につれないって?
「わたくしが一番許せないのは、あなたです、シグモント様」
鬼の形相だった。離れ小島で別れた、ヴァーツァ・カルダンヌ公爵は。
空中庭園は、いつの間にか閑散としていた。カルダンヌ公の怒りに恐れをなし、来客たちは帰ってしまったのだろうか。
残っているのはイメルダと俺、少数の使用人が遠くで仕事をしているだけだ。
それから、怒り心頭といった様子のヴァーツァと。
「一通だけじゃございませんことよ。カルダンヌ公、何通見つけられました?」
イメルダが、口元に邪悪な笑みを浮かべる。
あまりのことに俺は口をぱくぱくさせるばかりで、言葉が出ない。
「な、なんだと! おい、シグ。お前、いつの間にラブレターを。しかも、何通も!」
「ここに着いてから、ごくわずかな時間にお書きになられましたわ」
イメルダの言葉にヴァーツァの顔が真っ青になる。
「だから、彼を一人にしておくのは嫌だったんだ。身の回りの男どもはみんな、蛾のように彼に吸い寄せられるし、その上、大量の令嬢だ!」
蛾はひどいと思った。誰も俺に吸い寄せられてなどいないけど。
「カルダンヌ公爵様。貴方の警戒が甘いのですよ」
揶揄するようなイメルダが言う。ヴァーツァは頭を抱えて蹲ってしまった。
「君のフェロモン垂れ流しの体質を甘く見ていた。男も女も……ああ、俺は、全方位の人類に向けて警戒しなければならないのか!」
なんか、あんまりなことを言われた気がする。
「あの、僕、令嬢たちに恋文なんて書いていません。あれは全部、代筆です」
おずおずと弁解する。
いや、弁解なんかじゃない。本当のことだ。俺から恋文を貰うなんて、令嬢たちの名誉にもかかわるだろうし。
ところがヴァーツァは、聞き入れようとしない。
「君のサインだった。俺が見間違うと思うか? そして、間違いなく、君の手跡だ! あのエロい手紙は!」
いったいどの令嬢に書かされた手紙を見たのだろう。運が悪いことだ。中には、清純なレモン味のもあったというのに。
「シグモントというのは、令嬢たちの兄弟か叔父さんの名で……待てよ。俺から手紙を貰うと願いが叶うんでしたっけ? 彼女たちの間に広がった無責任な噂というのは?」
必死の思いでイメルダに助けを求める。
「どうでしたかしら?」
イメルダは小首を傾げた。
「イメルダさん!」
「王妃!」
俺とヴァーツァは同時に叫び、しばし、沈黙が流れた。
「……王妃?」
って。
「王妃……様! イメルダって……まさか、アンリ陛下に輿入れされた……」
迂闊だった。もちろん、アンリ陛下がご結婚なさったことは知っている。でも、王都に帰って来てから、俺はずっと引き籠って暮らしていた。繁華街にも足を踏み入れなかったから、王妃となられた方の絵姿を見たこともない。
「そうだ。この方は、イメルダ・フォン・フォルス殿下、フォルス王国の王女で、ペシスゥスの王妃だ」
ヴァーツァが教えてくれる。まだひどく機嫌が悪い。
「そして未来の国母です。礼を弁えなさい、カルダンヌ公」
厳しい口調にぎょっとした。おとなしい、優しい女性だと思っていたのに。というか、無礼なのはむしろ俺の方だったのでは?
「特に失礼なことはしておりません」
しれっとヴァーツァが返す。彼は、何も応えていないようだ。
王妃の目がちかりと光った。
「わたくしの前で取り乱しました。恥ずべき所業です。わたくしは平常心でおりましたことよ。貴方に陛下を寝取られました時も」
「寝取、」
思わず俺はむせかえった。
「あらあら、大変。誰か、シグモント様にお水を」
打てば響くように、給仕が水のグラスを持って現れた。差し出された盆からひったくるようにしてグラスを掴み、冷たい水を一息で飲み干す。
「夫さん……いや、アンリ陛下の愛人って、貴方だったんですか!?」
ようやく口が利けるようになると、俺はヴァーツァに喰ってかかった。
「愛人なんかじゃない。幼馴染の学友だ」
「その学友が、王妃様から陛下を寝取ったんですかっ!?」
「違う!」
そんなの、誰が信じるものか。だって、あのヴァーツァだぞ。今までに相手にした女性(男性もだったんだな、やっぱり)は数知れず、弟に濡れ場を見られても全く平気という恥知らずだ。
その上、国王まで手に掛けるとは! 王妃様の苦しみを思いやれ!
王妃は、しかし、奇妙にさめた、冷たい目で俺を見ていた。
「わたくしが申し上げた、夫の愛人の想い人というのは貴方様なんですよ、シグモント様」
「え?」
夫(国王アンリ陛下)の。
愛人(ヴァーツァ)の。
想い人。
それが、俺?
「貴方は、つれない想い人です」
王妃の責めるトーンに、思わず身を固くした。
つか、俺が、誰につれないって?
「わたくしが一番許せないのは、あなたです、シグモント様」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。



僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる