49 / 64
1
令嬢たちのお茶会
しおりを挟むそれから一体、何通のラブレターを書かされたことだろう。
ほとんどが、女性の宛名なのが不思議だった。女性が女性に恋文?
そして例外なく、最後に、「シグモント」とサインせよ、と迫って来る。
シグモント。俺の名だよね? いや、うぬぼれたらいけない。依頼人の令嬢の兄か弟、あるいは若い叔父の名に違いない。彼らは身内の令嬢たちに、自分の恋文の代筆を頼んだのに違いない。それを、彼女たちは俺に丸投げしたというわけだ。
それにしても、シグモントという名が流行りなのだろうか。ある年代の貴族たちが生まれた子息に、一斉にこの名をつけたとか?
「わたくしには二通お願いしますわ。姉に頼まれましたの。姉には小さい子どもがおりまして、今日は来られないから。シグモント様にお会いできなくて、大層、残念がっていました」
レモン色のドレスの令嬢が言って、微笑んだ。
「一般的に、宛名はお相手の名を書くんですよ? 貴女やお姉さまの名ではなく。貴女やお姉さまの名前は、手紙の末尾にサインなさるべきです」
手紙の基本を、教えてあげた。それなのに、令嬢は首を横に振った。
「宛名は私の名、そして送り人はシグモントでお願いします。あ、姉の分も忘れないで下さいね」
周りには令嬢たちがぎっしり、室外であっても、香水の香りでむせ返るようだ。彼女たちの熱気で、軽く汗ばんでくる。頭がぼうっとしてきた。俺は、考えることを放棄した。言われた通りに、次々と恋文を書いていく。
「シグモント様!」
名を呼ばれた。机の脇に、栗色の髪のご婦人が立っていた。俺の長屋へ来てくれたあの貴婦人だとわかった。今日はベールはつけていない。初めて見る彼女は、目鼻立ちのくっきりとした、異国風の顔立ちをしていた。思っていたより、さらに若い。
「さあさあ、皆さん。シグモント様にもお休みを差し上げて下さいな」
群がっていた令嬢たちが、深々と頭を下げた。蜘蛛の子を散らすように、立ち去っていく。
「到着のお名前は聞こえたのに、お姿が見えないと思ったら、さっそく彼女たちに捕まってしまったようですね。よくいらっしゃいました。イメルダです」
イメルダ? 聞いたことのあるような名だ。
思い出そうとした時、彼女の輪郭がダブって見えた。ははん、と思った。
「ご懐妊ですね?」
「ええ」
イメルダは嬉しそうに笑った。
「シグモント様のお手紙の効果です。主人が訪れてくれましたの」
どこへ、は、言わずもがなだ。
「効率の良い媾合でしたわ。おかげさまで、子を授かりました。結果に満足しております」
「えと……おめでとうございます?」
疑問符がついてしまった。だって、効率のいいまぐわい、って。ま、うっかりできちゃったよりいいけど。
夫さんの「愛人」はどうなったのだろうか。気になったが、聞くべきではないのかもしれない。夫婦の間は、夫婦にしかわからない。彼女が満足なら、それでいいと思った。
口の端を扇で隠し、イメルダが顔を寄せてきた。
「それで、貴方から手紙を貰うと、願い事が叶うという噂が広がったのですわ」
「僕は貴女に手紙なんか書いていませんが」
どういう伝言ゲームだ? 俺が書いたのは、彼女の御主人へのお誘いだ。寝室へ来てくれるように、という。
いろいろ身も蓋もない気がしてきた。
「噂ですもの。無責任なものですわ」
扇の陰で、嫣然とイメルダは笑った。ひどく不穏な雰囲気だ。
……まさか、悪霊に憑依されているのでは?
失礼を顧みず霊視しようとした、その時。
「なんだ、これはぁ!?」
素っ頓狂な声が、空中庭園に轟いた。
芝を踏みしめ、どすどすと足音が近づいてくる。ここは建物の屋上だ。あんなに踏みしめたら、最上階の天井が抜けるのでは?
「怪しからん。実に怪しからん。俺のシグが……、」
燦燦と降り注いでいた陽の光が遮られた。
誰かが俺の前に立ちはだかった。
冷たく、恐ろしい気配が吹き下りて来る。
「俺のシグが、俺以外の人間に恋文を書くなんて!」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
独占欲強い系の同居人
狼蝶
BL
ある美醜逆転の世界。
その世界での底辺男子=リョウは学校の帰り、道に倒れていた美形な男=翔人を家に運び介抱する。
同居生活を始めることになった二人には、お互い恋心を抱きながらも相手を独占したい気持ちがあった。彼らはそんな気持ちに駆られながら、それぞれの生活を送っていく。
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる