柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

文字の大きさ
上 下
48 / 64

空中庭園

しおりを挟む

 「東棟ではない。西棟だ」
 歩き始めた俺を、警備員が引き留めた。彼は招待状を見ていた。
「え?」

 一般に開放されているのは東棟だ。王族のプライベートルームのある西棟は、一般客は立ち入り禁止のはずだ。

「シグモント・ボルティネ様ですね?」
 そこへお仕着せを着た侍従がやってきた。軽く警備員を睨む。尊大だった警備員が、急に縮こまって見えた。
「こちらです。どうぞ」
侍従は、俺の右斜め前に立って歩きはじめる。
「会場は屋上になっています」

 そうか。屋上は一般にも貸し出されるのだな。建物内に王族のプライベートルームがあっても、出入り口さえ固めておけば、屋上からは侵入できないからな。

 納得はしたものの、この建物は五階建てだ。屋上へ上るのには体力がいる。
 前方に階段が見えたのでそちらへ向かおうとしたら、引き留められた。

「屋上には、こちらで参ります」

 四角い、箱のようなものの中に入れられた。中に椅子が入っている。俺が座ると、箱の外で侍従が一礼した。入り口の扉が閉められる。

 少しすると、体が浮遊するような感覚があった。箱が上昇しているのだ。

 そういえば宮殿には、滑車の原理で人を上へ運ぶ機械があると聞いたことがある。でもあれは、特別な賓客にしか使われないと思っていたけど……。

 ふわりと箱が止まった。扉が開く。

 扉の外は、別世界だった。一面に花が咲き乱れ、足元は芝生で覆われている。まさに空中庭園だ。
 呆れたことに、遠くに噴水まで見える。いったいどうやって水をここまで引き上げるのだろう。

 でも、そういうことを考えることができたのは、ずっと後のことだった。扉が開いた途端、大勢の女性がこちらを振り返った。ドレス姿の令嬢たちだ。彼女たちの目が、ぎろっと光った。

 「シグモント・ボルティネ様!」
箱の外にいたモーニング姿の従者が呼ばわった。

 途端に、令嬢達たちが駆け寄ってきた。

「シグモント様。私にも恋文を書いて下さいな」
「私にも!」
「私も、あやかりとうございます」

 ん? あやかるって……。

「こんな素敵な方だったなんて。いいえ、私はシグモント様ご本人からのお手紙が欲しいわ」
「わたくしにも、是非!」
「みなさん、おずるいです。私が先ですわ!」

 たじたじと俺は後じさった。香水の香りがどっと押し寄せてきて、息が詰まりそうだ。

 大勢の令嬢に押しまくられ、俺は徐々に後退していった。ついにテーブルにぶち当たり、それ以上後ろへ下がれなくなった。
 チャンスとばかり、令嬢達が群がって来る。
 後ろは、マフィンやサンドイッチが所狭しと並んだテーブル。絶体絶命だ。

 「さ、シグモント様、こちらへ」
 ピンクのドレスの令嬢に強引に手を握られ、連行された。

 空中庭園には、なぜか、書き物机が用意してあった。ペンやインク、高価そうな用紙まで、たっぷり置かれている。

 令嬢たちは、きゃっきゃとはしゃぎながら、俺を机の前に座らせた。楽しそうに手を取り、ペンを握らせる。
「さあ、シグモント様、御覚悟なさいませ。私たちへの恋文を書いて頂きますわ」

 え? 彼女たち恋文? いったい誰から?
 いや、聞き間違いだろう。俺の職業にはラブレターの代筆も含まれる。最近は、依頼人の数も増えた。令嬢たちは、そんな評判をどこかで聞きつけたのだ。

「書いて下さるまで、逃がしませんことよ」

 群がる令嬢たちがにたりと笑った。正直、微笑むトラドより怖かった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...