柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

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ひどい男

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※ヴァーツァ視点です
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 「ぐぇっ」
 叫んでヴァーツァは飛び上がった。午睡用の毛布が下に落ちる。

「どうした?」
 傍らでアンリ……この国の新しい王が、読んでいた本から目を上げた。

「踏みつぶされた」
「踏みつぶされた?」
「いやらしい生霊、って言われて」
「それはまた。で、誰に?」
「俺のシグ……誰でもいいだろ」

 突っ慳貪な親友の返答に、アンリは苦笑した。

「おいおい、それが国王に対するものいいか」
「ここは戦場でも宮殿でもないからな。俺の屋敷だ」
「だからって、王の前で居眠りとは、怪しからんな」
「言ったろ。俺の屋敷だ。何をしようと俺の勝手だ。それよりアンリ。王都のカルダンヌ邸を売り払うとは、良い度胸じゃないか」

 鋭い皮肉を含んだ口調だった。だがアンリには一向に、怯んだ様子もない。

「君は死んだと思ったんだ。ご両親はとうに亡くなり、双子の弟さんも生まれた時に亡くなったろ? カルダンヌの屋敷は、相続する人がいない。だから国庫に入れたんだ」

 ヴァーツァの双子の弟バタイユについては、不死という属性を隠す為、出生時に死亡したということにしてある。

「使用人たちがいたろ?」
「やつらはみんな、ゾンビだし」
「彼らはどうした?」

しつこくヴァーツァが問い返し、アンリは眉を顰めた。

「おや、珍しい。ゾンビ共の行く末を心配するとは」
「俺の大事な使用人だからな」

 紫の瞳がぼやけ、赤と青の斑点が飛んだ。夢見るような瞳に、アンリは見入った。

「ヴァーツァ。君、変わったな。非情なのが取り柄だったのに」

 揶揄するような言い方にも、ヴァーツァは取り合わなかった。アンリは肩を竦めた。

「安心しろ。公共墓地に葬った」
「いずれ取り返しに行く」
「勝手にしろ」

めんどくさそうにアンリが言い放つ。ヴァーツァは口を尖らせた。

「だが、屋敷を売り払うとは、ひどい」
「君の墓を造ってやろうと思ったのだ。立派な墓をな」
「ベルナ山の頂上にか?」

 ……「陛下は貴方の親友なんかじゃない!」
 ヴァーツァの脳裏に激しい糾弾が蘇る。あの時は、どうしても認めることができなかった。

 ……「陛下は、貴方の墓を、軍の仲間やペシスゥスの民から隔離しようとしたんだ」
 うっすらとヴァーツァの眉間に皺が寄った。アンリは気がつかない。

「『ベルナの山がカルダンヌ公の墓の台座となるのだ』」
 謎かけのように王は口ずさむ。

「なんだ、それは?」
「いにしえの偉人の言葉だよ。ちょっと借用してみた」
「なんだか知らないが、そういうのを無駄遣いと言うのだ。俺の墓なぞ、棒きれ一本で十分だと言っておいたろ?」
「そうもいかん。君は英雄だからな」
「その英雄の墓を造るのに、そいつの屋敷を売り払う奴がどこにいるか。しかも、俺はまだ、生きているんだぞ?」
「まあ、いいじゃないか。こうして買い戻してやったのだから」

 にっこりと笑うと、アンリは、甘えるようにヴァーツァの胸にもたれかかった。
 黒い髪と豪華な金色の髪が入り混じる。

 どれほどの時間が経ったろうか。
 先に離れて行ったのは、黒髪の方だった。

「アンリ、そろそろ宮殿へ帰れよ」
「なんで?」

 不服そうに金色の頭が擡げられた。バラ色の頬をしたアンリは、口を尖らせている。

「なんでだと? 君、婚礼を済ませたばかりじゃないか」
 即位したばかりのペシスゥス新王アンリは、隣国フォルスから王妃を迎えたばかりだ。

「俺には癒しが必要だ。もう少し、こうしていたい」
 甘い声で囁いて、ヴァーツァの胸に凭れ掛かる。

 ヴァーツァは体を離した。
「いいから、今日はもう帰れ。民は、君に王子が生まれるのを今か今かと待ち望んでいるぞ。後継ぎのいない王制は、不安定だからな」

 アンリはむくれた。
「なんだよ。人を種馬のように」

「実際、その通りだろ。王の宿命というものだ」

「ひどい男だ」
 アンリは起き上がり、上着を羽織った。そのまま部屋の入口へ歩いていく。

「ひどい男だ」
 振り返り、もう一度、繰り返した。


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