柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

文字の大きさ
上 下
42 / 64

嫉妬の生霊

しおりを挟む
 ジョアンに何かが取り憑いている。この影の様子では、恐らく生霊だ。それも、満たされない恋を嘆く霊。

 「六根清浄ろっこんしょうじょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」
大きく息を吸い、俺は唱えた。

「何? 何、怖いよ、シグ」
「君に何かが取り憑いている。じっとしてろ」
 ジョアンに言い置いて、再び呪文を口にする。

「六根清浄、急急如律令!」

 ふと、耳元でため息を聞いた気がした。ぞくっとした。俺はこの吐息をよく知っている気がする。
 いや、騙されちゃだめだ。生霊の奸計に乗せられるなぞ、もってのほか。

「急急如律令! 急急如律令!」

「シグ?」
不安そうなジョアンの声。
「生霊だ。ジョアン、君、誰かにひどく嫉妬されてるぞ。一体何をやらかしたんだ?」
「俺は何もしてないぞ」
「信じられない。物凄い嫉妬だ。ええい、ジョアンから離れろ。悪霊退散!」
叫んで俺は、左手をぐっと突き付けた。

 ジョアンにまとわりついていた影が、粉々に砕けた。地面に落ち、まるで質の悪い虫のように、もぞもぞと四方に這っていく。

「六根清浄、急急如律令!」
 最後にもう一度叫ぶと、虫はもがき苦しむかのようにキリキリと舞い上がり、宙に消えた。

「もう大丈夫」

茫然としているジョアンに言った。

「生霊だったの? 俺、取り憑かれてたのか?」
「うん。物凄い嫉妬だったよ。もう、人の恋人を盗るのは止めなね」
「だから違うって……」

言いかけてジョアンは、俺の顔をじっと見つめた。
「シグ、まさか君、恋人ができたなんて言わないよな?」

 胸がつきんと痛んだ。でも、違う。俺には一時たりとも恋人なんていたことはない。

「それとこれと、どういう関係があるっていうのさ?」
むしろ反抗的に尋ねた。

「できたのか?」
「何が」
「恋人」
「怒るぞ。そんなのいない!」
わざと乱暴に答えた。

 ジョアンの顔に安堵が浮かんだように見えたのは、気のせいだろうか。

「いずれにしろ、君に取り付いた霊は祓っておいたから。今夜はよく眠れるよ」
 保証してやった。

「なんだか急に腹が減ってきた。……凄いな、シグ。君の浄霊は一流だ。やっぱり君は、浄霊師に戻るべきだ」

 前にもそんなことを言っていた。その結果が、カルダンヌ公の覚醒だ。俺のキ、……。
 力いっぱいむっとした。

「いやだっていったろ」
「でもその実力、こんなところで埋もれさせておくにはもったいなさすぎる!」
「これが俺の分相応というものだ」
「シグ! 過小評価もいい加減にしろ!」


 「あのう。お二人の話が聞こえちゃったんだけど」
 ドアの陰に、誰かが立っていた。大家の孫のシュテファンだ。
「俺もこの頃、寝つきが悪いんだ。もしかして、俺にも生霊が?」

 透かし見ると、確かにジョアンと同じ影が見える。
 そういえばトラドは、シュテファンにも注意してやれと言っていた……。

 ジョアンと同じように、シュテファンに取り憑いた生霊も祓った。
 ほっとして腹が減った二人は戸棚に突進し、俺の秘蔵の揚げ菓子をむさぼり始めた。

 それにしても、いったいどうしたというのだろう。ジョアンとシュテファンは同じ女性に恋をしたとでもいうのだろうか。その女性に執着していた彼女の別の恋人が、嫉妬のあまり生霊となって、二人に取り憑いたとか?

 「やっぱりあんたもか、甘やかされた大家のガキめ」
「ガキじゃない、孫だ。それより、あんたこそ黙って手を引きやがれ」
「なんだと? この放蕩ボンボンが」
「うるさい、ビンボー兵士!」

 油で手と口の周りをべたべたにした二人が、罵り合いを始めた。口論はすぐに、取っ組み合いに発展した。

 せっかく悪しき魂を祓ってやったというのに、なんてことだ。二人は今、浄化の桃源郷にいるはずなのだ。心は清く、どこまでも澄んでいるはずなのに。
 まったくもって、わけがわからない。

 ふと、首筋がもじょもじょするのを感じた。
「げ」

 さっき成敗した虫……生霊の残滓……が、俺の首筋を伝い、襟の間から服の中へ潜り込もうとしているところだった。
 慌ててそいつをひっつかみ、引きずり出した。

「いやらしい生霊め!」
 言いながら足で踏みつぶした。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

処理中です...