柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも

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満たされない恋の残滓

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 ヴァーツァはアンリ陛下を選んだ。陛下は彼を殺そうとしたというのに、ヴァーツァはそれを信じようとしない。

 ヴァーツァは、俺が言う事より陛下との友情を選んだ。でも、その友情は相互ではない。ヴァーツァからの一方的な献身に過ぎない。

 もちろん、ヴァーツァにとって、俺の方が陛下よりふさわしいだなんて言う気は、さらさらない。というか、言えるわけがない。

 俺は、ヴァーツァから何かを求めていたわけではない。友情とか。恋とか? まさか。彼は他人だ。何も期待してはいない。

 けれど、もう少し、話を聞いてくれてもよかったんじゃないか? あんな風に追い出すんじゃなくて。あんな怒った顔で。

 もう、カルダンヌ邸に俺の居場所はない。
 俺は俺で生きていかなくちゃ。



 「知ってるか、ヴァーツァ・カルダンヌ公が生きていたって話!」
 友人のジョアンが訪ねてきた。
「らしいな」
 その話は聞きたくなかった。でも、ジョアンは親切で教えてくれているのだから、仕方がない。

 彼には、カルダンヌ公を見つけることができなかったと言っておいた。まさか、彼の柩にキスをして生き返らせたと教えるわけにもいかないし。

 当然、約束された報酬は手に入らなかった。けれど、既に給付された手付金は返さずに済んだ。おかげで修道院の再建は恙なく行われ、年老いた修道院長には、暖かく快適な部屋が提供されたという。
 まずはめでたしめでたしだ。

「今、王都はカルダンヌ公爵の噂で持ち切りだ。アンリ陛下は目に涙を浮かべて、親友を迎えたんだって」
「へえ」

 ヴァーツァの柩(実際は保養箱だったけど)が紛失したことさえ気がつかず、彼の霊障で王都が混乱に陥れられたという祈祷師の見立てをあっさり信じたくせに。
 なにより、部下の騎士に命じて、背後から斬りつけさせたくせに。

 でも、俺は何も言わない。
 だってヴァーツァとは何の関係もない。

「カルダンヌ公御帰還の一報は、アンリ陛下の御結婚を凌ぐ騒ぎになってるぜ」

 ジョアンの言い方は、少し大袈裟だと思う。
 即位されたアンリ陛下は、先月、隣国フォルスのイメルダ王女を迎えられた。今、国を挙げての祝祭となっている。

 華やぐ王都の片隅で、俺はずっと引き籠って暮らしていた。だって、仕事があるし? 

 本当は、ヴァーツァの名を聞きたくないんだ。アンリ陛下の結婚とセットで、うっかりカルダンヌ公の噂を聞かされでもしたらたまらない。

 心がとても傷ついていた。彼の名を聞くことに耐えられそうもない。

「王都警備軍には、祭日なんか関係ないけど。酔っ払いが増えて忙しくなっただけだ」
 ぶつぶつとジョアンがこぼしている。

 朝の出勤前の時間だった。
 例によって勝手にお茶を淹れ、食器棚をあさっていたジョアンは、オレンジを持って戻ってきた。

「珍しいな。君が果物を食べるなんて」

 ジョアンは、油ギトギトのお菓子が好きだ。食器棚には、砂糖をたっぷりまぶした揚げ菓子も入っているのに。

「うん。なんだか腹が重いんだ」
「食いすぎだろ」
「そうかな。この頃夢見が悪くって。変な夢ばかり見る」

 ジョアンの顔色は悪かった。
 そういえば、トラドが立ち去り際、王都の守備をしている人に気をつけろと言っていた。あの時はわからなかったけど、もしかしたら「気をつけろ」っていうのは、彼の身を案じてやれって意味だったのかもしれない。ちなみにジョアンは、王都警備軍に勤務している。

 普段はそんなことはしない。友人についた霊を透視するような真似は。だって、プライバシーにもとるから。
 けれど、今回は特別だ。ジョアンは大事な友達だから。

 目を凝らし、彼の頭上に漂う気配を透かし見た。なにやらうじゃじゃけた影が見える。ちょっと見たことのある雰囲気があるけど、それが何なのか、思い出せない。

「ジョアン、最近、女の子を泣かせたことはないか?」
「女の子だぁ? 俺には出会いがないよ。いっそこっちが泣きたいくらいだぜ」

 憮然としてジョアンが答える。おかしいな。ジョアンに取り憑いたこのどろどろとした影は、どう見たって、満たされない恋愛の残滓なんだが。

 彼に食欲がなく、夢見が悪いのも、この影の影響だ。







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