33 / 64
1
よくできました
しおりを挟む
「ありがとう」
紅茶を注いでくれたメイドさんにヴァーツァが言った。
「今日はもういいから、君も向こうで休むといい」
深々と一礼し、メイドは去っていった。
「どうだい、シグ。こんな感じでいいのかな?」
ドアが閉められるとヴァーツァが尋ねた。
「上出来ですよ、カルダンヌ公」
「ヴァーツァ」
「よくできました、ヴァーツァ」
彼の顔がぱっと明るくなった。まるで少年のような笑みを浮かべている。
あれから彼は、使用人たちに対し、礼儀正しく接するようになった。もう、理不尽に「消」そうとしたり、不意に頭を切り落とすこともない。指示の出し方も、高飛車な命令口調ではなく、マイルドになった。
「なら、今夜は一緒に寝てくれる?」
上目遣いに俺を見て来る。
「馬鹿お言いなさい」
ぴしゃりと言い放った。
「僕は貴方のお客なんですよ? ちなみに客だと言ったのは貴方ですからね」
前に一度、うっかり昼寝してしまってベッドに引きずり込まれたことがあった。彼は横向きに寝て、俺をしっかり抱きしめていた。が、あれは事故だったんだ。美しい彼の隣で寝るなんて、心臓に悪すぎる。
それなのにヴァーツァは、まるで既得権を得たように、俺をベッドに誘おうとする。そりゃ、今ここにはゾンビと吸血鬼の他は、俺しかいないわけだけど。
ちなみに彼は、弟に濡れ場を見られても平気だと豪語している。俺は全然、平気じゃない。あのブラコンに現場を抑えられたら、生きてここから出られる気がしない。
それに、そんな風になし崩しに関係をもってしまったら、傷つくのは俺自身だ。だって、この島を出たら、ヴァーツァにはそれこそ、より取り見取り、手あたりしだいに相手が現れるだろう。もしかしたら、もう誰かいるのかもしれない。だって彼は、何度も、バタイユに見られているのだから。
ヴァーツァの一時的な退屈凌ぎにはなるべきではない。
「それで、ヴァーツァ。俺はそろそろ……」
帰りたい、と言おうとした時だ。
「うぐっ! 傷が痛い!」
突然、ヴァーツァが蹲った。
「えっ!」
自分の顔色が変わるのがわかった。慌てて駆け寄る。
「痛い痛い痛いぞ」
「だ、大丈夫ですか?」
「療養箱から出るのが早すぎたのだ。だからまだ、時折、傷が痛む」
紫の瞳が下から見上げている。ぞくっとするほど妖しく美しい。
……これは、獲物を狙う目。
はっきりとわかった。自分がその獲物になりかけていることも。
ヴァーツァは胸を抑えていた。
ははん、と思った。
なかなか治らない傷は、胸にあるわけではない。とうの昔に、俺は気がついていた。
「ヴァーツァ。貴方、嘘をついてるでしょ?」
「嘘? ひどいことをいう。こうなったのは全て、君のせいなんだぞ。君が俺にキスをし……」
「わかりました!」
悲鳴のような声で遮った。
これを言われると弱い。しかし、何度も言うようだが、俺がキスをしたのはガラスの蓋であって、ヴァーツァにではない。
紅茶を注いでくれたメイドさんにヴァーツァが言った。
「今日はもういいから、君も向こうで休むといい」
深々と一礼し、メイドは去っていった。
「どうだい、シグ。こんな感じでいいのかな?」
ドアが閉められるとヴァーツァが尋ねた。
「上出来ですよ、カルダンヌ公」
「ヴァーツァ」
「よくできました、ヴァーツァ」
彼の顔がぱっと明るくなった。まるで少年のような笑みを浮かべている。
あれから彼は、使用人たちに対し、礼儀正しく接するようになった。もう、理不尽に「消」そうとしたり、不意に頭を切り落とすこともない。指示の出し方も、高飛車な命令口調ではなく、マイルドになった。
「なら、今夜は一緒に寝てくれる?」
上目遣いに俺を見て来る。
「馬鹿お言いなさい」
ぴしゃりと言い放った。
「僕は貴方のお客なんですよ? ちなみに客だと言ったのは貴方ですからね」
前に一度、うっかり昼寝してしまってベッドに引きずり込まれたことがあった。彼は横向きに寝て、俺をしっかり抱きしめていた。が、あれは事故だったんだ。美しい彼の隣で寝るなんて、心臓に悪すぎる。
それなのにヴァーツァは、まるで既得権を得たように、俺をベッドに誘おうとする。そりゃ、今ここにはゾンビと吸血鬼の他は、俺しかいないわけだけど。
ちなみに彼は、弟に濡れ場を見られても平気だと豪語している。俺は全然、平気じゃない。あのブラコンに現場を抑えられたら、生きてここから出られる気がしない。
それに、そんな風になし崩しに関係をもってしまったら、傷つくのは俺自身だ。だって、この島を出たら、ヴァーツァにはそれこそ、より取り見取り、手あたりしだいに相手が現れるだろう。もしかしたら、もう誰かいるのかもしれない。だって彼は、何度も、バタイユに見られているのだから。
ヴァーツァの一時的な退屈凌ぎにはなるべきではない。
「それで、ヴァーツァ。俺はそろそろ……」
帰りたい、と言おうとした時だ。
「うぐっ! 傷が痛い!」
突然、ヴァーツァが蹲った。
「えっ!」
自分の顔色が変わるのがわかった。慌てて駆け寄る。
「痛い痛い痛いぞ」
「だ、大丈夫ですか?」
「療養箱から出るのが早すぎたのだ。だからまだ、時折、傷が痛む」
紫の瞳が下から見上げている。ぞくっとするほど妖しく美しい。
……これは、獲物を狙う目。
はっきりとわかった。自分がその獲物になりかけていることも。
ヴァーツァは胸を抑えていた。
ははん、と思った。
なかなか治らない傷は、胸にあるわけではない。とうの昔に、俺は気がついていた。
「ヴァーツァ。貴方、嘘をついてるでしょ?」
「嘘? ひどいことをいう。こうなったのは全て、君のせいなんだぞ。君が俺にキスをし……」
「わかりました!」
悲鳴のような声で遮った。
これを言われると弱い。しかし、何度も言うようだが、俺がキスをしたのはガラスの蓋であって、ヴァーツァにではない。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

俺の王子様
葵桜
BL
主人公が王道的異世界転生をしてから始まる…
出会いと恋と俺の王子様。
主人公が夢に向かって頑張っています。
が、下品です。地雷あるかもしれません。
勢いで書いた黒歴史ものなのでそのうち修正入れます。


僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる