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ゾンビに敬意を
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「シグモント様、濃いお茶をどうぞ」
「結構です」
「強いブランデーがございます」
「いいえ、必要ありません」
いくら死んだ体とはいえ、何のためらいもなく使用人の首を斬り落としたヴァーツァには、嫌悪しか感じなかった。
一人で屋敷へ戻った。
すぐにメイドが現れ、あれやこれやと世話を焼き始めた。頬の傷も、彼女が手当てしてくれた。といっても掠っただけなので大した傷ではない。
「お洋服にシミなどございませんか? お着替えをなさったらいかがでしょう?」
蒸しタオルを手に、メイドが迫って来る。
「どうかお気遣いなく。それに、着替えなら自分でできます」
朝と同じように返す。
ヴァーツァが首を斬り落としたのは、ゾンビだ。彼がその気になれば、再び蘇らせることができる。もちろん、首だって、ちゃんと体の上に戻して。
わかってる。
わかってはいるけど、もやもやが止まらない。
使用人の首を容易く切り落とすなんて。平伏して恭順の意を示していたというのに。
どかどかと遠慮のない足音がした。
「シグ、ここにいた」
ヴァーツァが入ってきた。
「急に帰ってしまったからびっくりしたぞ。いったい、どうしたというんだ?」
わかってるくせに。
「少し気分が悪くなったものですから」
「それはいかん」
明らかにうろたえている。
「キャサリン、帰ったら紅茶をお出ししろと言ったろ? ブランデーはどうした」
傍らのメイドを叱りつける。メイドは俯き、じっとしている。
「メイドさんはちゃんとお仕事をしました。僕が断ったんです」
ヴァーツァに言い置いてから、メイドさんに向き直った。
「ありがとう、気を使ってくれて。でももういいよ。さがって下さい」
深々と一礼し、彼女は部屋から出て行った。ゾンビに自我はないというけど、立ち去る背中は、どこかほっとして見えた。
「君は、メイドを丁重に扱うな。執事に対してもそうだ。彼らに自我はない。あいつらは、死体だぞ?」
不快そうな声だった。なおヴァーツァは言い募る。
「ゾンビに気遣いをする必要はない」
「こちらを気遣ってくれる以上、相手が熊であろうがゾンビであろうが、感謝を尽くすのが礼儀ってもんでしょ」
ぶっきらぼうに答えた。
「無駄だ」
「無駄ではありません。モノ扱いしたらかわいそうです」
「かわいそう?」
紫の目が濃くなった。
「シグ、君、まさか……」
「まさか、なんです?」
「まさか彼女のことを……」
「ヴァーツァ・カルダンヌ公!」
わけがわからない。俺が彼女を何だというのだ? 一方的に好意をもっているとでも? やめてほしい。俺はヴァーツァのようになんでもござれの節操なしではない。
むしゃくしゃしてたまらない。
立ち上がり、彼のすぐそばに近寄っていった。背の高いヴァーツァを見上げる位置で立ち止まる。
「話をそらさないで下さい、カルダンヌ公爵」
「ヴァーツァだ」
この期に及んでも名前呼びを強要する。腹が立っているので、無視することにした。
「いいですか、問題となっているのは、貴方の使用人に対する態度です。トラドさんを処分しようとしたり、さっきのケビンさん? 彼の首を斬り落としたり。到底、理性ある人間のすることとは思えません」
「だって、トラドは吸血鬼だぞ? そしてケビンはゾンビだ。ゾンビはいくらでも復活可能だ」
「でも、首を斬られたら痛いでしょう」
「それはわからん」
わからないのか。
余計呆れた。
「メイドさんに対してもそうです。どうしてそんなに横柄な口の利き方をするんです?」
「使用人だし、メイドだってゾンビだし?」
「今朝も、コックさんの肋骨を抜こうとしました」
「骨の一本や二本、抜いたってかまわないさ。ゾンビだもの。なあ、シグ。そんなことでけんかをするのは止めよう。俺達には、もっと他にすることがあるはずだ」
俺が至近距離にいるのを幸い、腕を伸ばして抱き寄せようとする。
「それがいけないんです!」
胸をだん! と叩いて飛び退った。
「ゾンビだからって、死んでいるからって、何をしてもいいってわけじゃありません。礼儀は大切です。相手をモノ扱いするなんて最低だ」
「どんな扱いを受けても、ゾンビは何も思わないよ?」
気配を感じ、さっと飛びのく。ヴァーツァの両腕が彼の胸の前でクロスした。空気を抱きしめ、上目遣いに俺を見ている。
潤んだ藤色の瞳に危うく絆されそうになった。慌てて踏みとどまる。そんな目で見ても許してあげないんだから。
「相手をモノ扱いするなんて、最低だ。そんな人、大嫌いです」
「嫌い? 今、大嫌いって言った?」
美しい顔が歪んだ。明らかに彼は、あせっていた。
「言いました」
「ゾンビをモノ扱いしたら、シグは俺のことを嫌いになるのか?」
「はい、そうです」
ヴァーツァは泣きそうな顔になった。
いや、気のせいだと思う。
俺に嫌われたごときで、彼が泣きそうになるなんて。
「わかった」
とうとう彼は言った。
「これからは、使役するゾンビに対して、礼を尽くすことにする」
「結構です」
「強いブランデーがございます」
「いいえ、必要ありません」
いくら死んだ体とはいえ、何のためらいもなく使用人の首を斬り落としたヴァーツァには、嫌悪しか感じなかった。
一人で屋敷へ戻った。
すぐにメイドが現れ、あれやこれやと世話を焼き始めた。頬の傷も、彼女が手当てしてくれた。といっても掠っただけなので大した傷ではない。
「お洋服にシミなどございませんか? お着替えをなさったらいかがでしょう?」
蒸しタオルを手に、メイドが迫って来る。
「どうかお気遣いなく。それに、着替えなら自分でできます」
朝と同じように返す。
ヴァーツァが首を斬り落としたのは、ゾンビだ。彼がその気になれば、再び蘇らせることができる。もちろん、首だって、ちゃんと体の上に戻して。
わかってる。
わかってはいるけど、もやもやが止まらない。
使用人の首を容易く切り落とすなんて。平伏して恭順の意を示していたというのに。
どかどかと遠慮のない足音がした。
「シグ、ここにいた」
ヴァーツァが入ってきた。
「急に帰ってしまったからびっくりしたぞ。いったい、どうしたというんだ?」
わかってるくせに。
「少し気分が悪くなったものですから」
「それはいかん」
明らかにうろたえている。
「キャサリン、帰ったら紅茶をお出ししろと言ったろ? ブランデーはどうした」
傍らのメイドを叱りつける。メイドは俯き、じっとしている。
「メイドさんはちゃんとお仕事をしました。僕が断ったんです」
ヴァーツァに言い置いてから、メイドさんに向き直った。
「ありがとう、気を使ってくれて。でももういいよ。さがって下さい」
深々と一礼し、彼女は部屋から出て行った。ゾンビに自我はないというけど、立ち去る背中は、どこかほっとして見えた。
「君は、メイドを丁重に扱うな。執事に対してもそうだ。彼らに自我はない。あいつらは、死体だぞ?」
不快そうな声だった。なおヴァーツァは言い募る。
「ゾンビに気遣いをする必要はない」
「こちらを気遣ってくれる以上、相手が熊であろうがゾンビであろうが、感謝を尽くすのが礼儀ってもんでしょ」
ぶっきらぼうに答えた。
「無駄だ」
「無駄ではありません。モノ扱いしたらかわいそうです」
「かわいそう?」
紫の目が濃くなった。
「シグ、君、まさか……」
「まさか、なんです?」
「まさか彼女のことを……」
「ヴァーツァ・カルダンヌ公!」
わけがわからない。俺が彼女を何だというのだ? 一方的に好意をもっているとでも? やめてほしい。俺はヴァーツァのようになんでもござれの節操なしではない。
むしゃくしゃしてたまらない。
立ち上がり、彼のすぐそばに近寄っていった。背の高いヴァーツァを見上げる位置で立ち止まる。
「話をそらさないで下さい、カルダンヌ公爵」
「ヴァーツァだ」
この期に及んでも名前呼びを強要する。腹が立っているので、無視することにした。
「いいですか、問題となっているのは、貴方の使用人に対する態度です。トラドさんを処分しようとしたり、さっきのケビンさん? 彼の首を斬り落としたり。到底、理性ある人間のすることとは思えません」
「だって、トラドは吸血鬼だぞ? そしてケビンはゾンビだ。ゾンビはいくらでも復活可能だ」
「でも、首を斬られたら痛いでしょう」
「それはわからん」
わからないのか。
余計呆れた。
「メイドさんに対してもそうです。どうしてそんなに横柄な口の利き方をするんです?」
「使用人だし、メイドだってゾンビだし?」
「今朝も、コックさんの肋骨を抜こうとしました」
「骨の一本や二本、抜いたってかまわないさ。ゾンビだもの。なあ、シグ。そんなことでけんかをするのは止めよう。俺達には、もっと他にすることがあるはずだ」
俺が至近距離にいるのを幸い、腕を伸ばして抱き寄せようとする。
「それがいけないんです!」
胸をだん! と叩いて飛び退った。
「ゾンビだからって、死んでいるからって、何をしてもいいってわけじゃありません。礼儀は大切です。相手をモノ扱いするなんて最低だ」
「どんな扱いを受けても、ゾンビは何も思わないよ?」
気配を感じ、さっと飛びのく。ヴァーツァの両腕が彼の胸の前でクロスした。空気を抱きしめ、上目遣いに俺を見ている。
潤んだ藤色の瞳に危うく絆されそうになった。慌てて踏みとどまる。そんな目で見ても許してあげないんだから。
「相手をモノ扱いするなんて、最低だ。そんな人、大嫌いです」
「嫌い? 今、大嫌いって言った?」
美しい顔が歪んだ。明らかに彼は、あせっていた。
「言いました」
「ゾンビをモノ扱いしたら、シグは俺のことを嫌いになるのか?」
「はい、そうです」
ヴァーツァは泣きそうな顔になった。
いや、気のせいだと思う。
俺に嫌われたごときで、彼が泣きそうになるなんて。
「わかった」
とうとう彼は言った。
「これからは、使役するゾンビに対して、礼を尽くすことにする」
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